答案用紙盗難事件 ~タロット蛍子~/◆水曜日◆ 3

小説

「だって、私を、『タロット蛍子』を泥棒扱いするなんて、許せないもの」
両手を拳に握って怒る蛍子を凝視(みつ)めて、三人とも視線を外し、密かにため息を吐く。
「仕方ないだろ。何かあったら、悪く言われるような怪しい奴なんだから」
「どういう意味よ」
大石に詰め寄る蛍子を三杉が止めると、
「大石くんの言うことも一理あるわよ。『タロット蛍子』は、そういう存在なんだから」
「だからって」
三杉の言葉に蛍子が悔しそうに、下唇を咬む。
「そうね、だからって許せないわね。それが犯人の流した噂なら、ね」
腕を組んだ三杉に三人の視線が集まる。
「タイミング的にみて、その可能性が高いって私は見ているんですけど」
「で?三杉はどうする気だい」
守成が蛍子をみる。その視線をとらえて、
「そうですね。ケーコちゃんの悔しい気持ちも分かるし」
蛍子が息を詰めて、三杉の言葉を待つ。
「だから、犯人を今週中に見付けて、ケーコちゃんの試験勉強を土日にさせるっていうのはどうです」
「多可ちゃん!」
蛍子が三杉に飛び付く。
「仕方がないな。どっちにしろ、けいこが大人しくしているとは思えないからね」
守成が満足そうに笑って蛍子たちを見る。
「でも、今週中に犯人を見つけるって言ったって、そんなに上手くいきますか」
吉野の当然の疑問に、
「大丈夫。なせばなる、なさねばならぬ何事もっていうでしょ」
不安そうに蛍子を見る吉野に、
「ケーコちゃんの言う通り。とりあえず動きださないと、何も変わらないわ」
三杉が気を取り直したように、どちらかといえば自分に言い聞かせるようにいう。
「そうだな、まず噂の出所と校内に残っていた奴のチェックだな」
大石がまず片付ける問題を口にすると、
「それなら、」
と吉野がノートを出してくる。
「噂っていっても、緑南は生徒数が多いいんで、ここから流れたっていう限定は出来なかったんですけど、大まかに聞き込みしてきた結果です」
三杉がカバンから書類を取り出してきた。
「こっちは当日学校に居残っていた生徒のリストよ。テスト前だから、部活で残っていたのはバスケ部だけ。後は忘れ物を取りに来た数人ね」
二人して調べ済みのリストを渡す。
「どうせこうなると思って」
ケーコちゃんのことだから、犯人なんていわれて黙っている訳ないもの。
眼を丸くしている蛍子に、説明してやる。
「アリガト」
蛍子が嬉しそうに、下を向きながら小声で呟く。
「あら、」
三杉は可愛くてたまらないというように、
「いいのよ。これぐらい」
蛍子の頭を撫でてやる。
「さて、それじゃあ整理してみましょうか」
バサバサと書類とノートを広げると、各自覗き込む。
「うーん、噂の方はやっぱ確証がないな」
大石が広げたノートを読みおわり、三杉に渡しながらぼやく。
「一年B組って」
大石がノートの左端を指す。
「それ、B組の生徒で噂の出所が止まっているんです。偶然にしてもそういう人が何人かいたから、」
彼女たちはクラスでその噂を訊いたっていってます。と吉野が続ける。
「あとは、新聞部の子や美術部の人たちも、結構そこから先、辿れなかったんですけど」
「ちょっと待って。美術部って確か」
三杉がパラパラと手帳をめくる。
「やっぱり、テスト問題が盗まれた当日に学校に残ってるわ」
「部活やってたのって、バスケ部だけじゃなかったっけ」
「ああ、」
蛍子が疑問に思って尋ねると、大石も相づちを打つ。
「そっちは七時以降に残っていた人たちのリストよ」
三杉はそういうと、ホワイトボードにマグネットでリストを貼りつけだした。
「まず、整理しましょう。問題の月曜日、答案用紙は盗まれた。いいわね」
「うん」と蛍子が頷く。守成と大石も異論はない。
「これは、かなりはっきりしています。恩田先生が帰られたのは六時。その時にはテスト用紙があったわ。なにせ、帰る直前に出来たばかりのテスト用紙を机に 入れたんだから。その時に鍵をかけ確認されています。問題はここから。職員室には何人かの先生方が残っておられたから、職員室の鍵はそのまま、恩田先生は 帰られた。鍵が掛かっていなかったとはいえ、テスト前だから職員室への出入りは不可能。ここまではいい」
「うん、」
三杉はホワイトボードに大きく、六時五十五分と書いた。
「先生方が帰られたのが、この時間。テスト前で家で、テスト問題を作っておられる他教科の先生や学年の先生方。皆さん忙しくて、先週末から早く帰られる先生方が多いそうよ」
今度は九時半と書くと、
「で、この時間に用務員さんが職員室に見回りに行き、荒らされた部屋を発見。セキュリティを作動させ、ガードマンが到着したのが九時四十五分。つまり犯行時間は、六時五十五分から九時半の間ね」
みんなが黙っているのを了承の印ととって、
「私がさっき渡したリストは七時以降、校内に残っていた人のリストよ」
「セキュリティね」
蛍子が確認する。
「そう、みんな知っている通り、最終門限時刻七時を過ぎると、校門を出入りするのに、生徒証明書が必要になる」
三杉はそういって、胸元からIDカードをだす。ひらりと指の間に挟まったカードは磁気のついた本格的なカードだ。
「入るのはもちろん出ていくのにも必要。だから美術部は除外したの」
「つまり美術部は、七時前には帰っているっていうこと」
蛍子が小首を傾げ、三杉に問い掛ける。
「そう、クラブ活動はしているんだけど、六時半には帰っているの。ゆっくり帰った人間がいたとしても、全員カードは通していないわ」
「五分前に、職員室に誰もいなくなっていたとしても無理だな。時間がギリギリ過ぎる」
「時間を勘違いしているっていうことは」
吉野が当然の疑問を口にすると、三杉は首を振り、「確認したけど、鳥野先生にいたっては滑り込みセーフで、IDカードを使わなかったそうなのよ」
「つまり」
「時間ぎりぎり。先生方が帰ってからなら、余計無理だと思うわ」
「じゃあ、美術部はシロですね」
顎に手をやり、考え込みながらゆっくりという。
「そっ。おまけに仲良く揃って帰る所を風紀委員が見ているのよ」
でも、噂の出所としては、怪しいわね。事情聴取されているはずだから。怪しい人間をみなかったかって。
「なるほど、そうだな。なあ、仲河。風紀の見回りって、何時からだ」
黙って話を聞いていた大石が、吉野に尋ねる。
「えーと、六時半からよ。大きく分けると、まず六時から校門に見張りが立つでしょ。この時点でIDカードはなくても、風紀に見られずに校内に入れないわ。 六時までは出入り自由だけど。それから、六時半から別のグループが校内の見回り。最終下校時間である七時五分前には見回りを終わり、校門の前に集合。修平 のサインを貰って、見回り見張り共に終了するのが、七時五分位かしら」
用もなく校内に残っている生徒は、六時を過ぎると風紀に連れ去られてしまう。
「忘れ物をした生徒が校内に入るためには、IDカードが必要だし。もしくは通用門を通って、用務員さんに通してもらうかね」
「校門って、いくつだっけ。正門、裏門。南門に・・・」
三杉がいえば、大石も続ける。
「あとは通用門よ」
三杉は大石に教えてやると、
「美術部はやっぱり除外してもいいと思うのよ」
手帳を閉じた。
「そうかも。ねぇ、六時前に来て校内に隠れてたとか」
「それは、考えたけど」
「風紀の能力がどうとかじゃなく、可能性の問題な」と、蛍子と三杉の言葉に、大石が吉野に申し訳なさそうな視線を送る。
吉野はそんな大石に、「いえ、可能性としては充分ありえると思います。これだけ広い校内なんですもの」と、大石の考えを肯定する。
「そうね。でもその可能性はないと思うわ。確かに緑南ほどの広さなら―ケーコちゃんのことといい、いくらでも隠れる場所はあるけど、今回は意味がないわ」
犯行時間を考えるとね。という。

◆水曜日◆ 4 へ続く)