答案用紙盗難事件~タロット蛍子~/◆土曜日◆

小説

「結局、千葉先生はクビ。テスト用紙を盗んでくれるように頼んでいた生徒は、転校したんですって」
吉野が三杉から訊いたばかりの話を、大石に教えてやる。
蛍子や守成が見当を付けていたように、犯人は千葉だった。
「いつ分かったの」という吉野に、蛍子は笑って、教師は別格だって気付いたら、必然的に。と、云った。
確かに、千葉ならば美術部の顧問をしていたから、校内に残っていただろう。
蛍子の占いの『南西』は、生徒会室。そして千葉の使っている美術室も南西にある。
答案用紙はそこから見つかった。
吉野は勘違いしていたが、『目上の人』は守成より年上ということだ。占ってもらったのは、守成なのだから。
吉野はふと、今朝会った二ノ宮栞のことを思い出した。
彼女は吉野に千葉教諭の話を聞き、
『私も、心が揺れたの。千葉先生のこと、責められないわね』
と、微笑った。
彼の為に問題を知りたいと思ったの。と、静かに吉野に告げた。
彼女の横顔は寂しげで、忘れられない。
話を聞き終わった大石が、――彼は昨夜来なかった。何人もいては、かえって邪魔になると遠慮したのだ。ウチワを仰ぐ。
「そうか」
大石の短い相づちに、吉野は「それに」と付け足す。
「千葉先生、問題の横流し、初めてじゃなかったんですって。いつも、三竹先生の机の傍をウロウロして、問題覚えていたって」
「三竹先生、机の上に答案用紙を放ったらかしだから」と、三杉が困ったようにいう。
「よく福田先生から注意されていたんですって」
これに懲りて、皆さん、気を付けるんじゃないかしら。と、中々辛らつなことを三杉がさらっという。
「そうね、気をつけてもらわないと」
ぶすっと、不貞腐れた蛍子が、不機嫌そうに言い放つ。
「どうしたの、あれ」
吉野が小声で尋ねると、
「タダ働きだって、怒っているのよ」
と、三杉が教えてくれた。
「えっ、でも。会長からお金取っていたじゃないですか」
「それなら、取り上げたの。普段の協力料だって」
なるほど。それで、機嫌が悪いのだ。この所忙しくて、『タロット蛍子』は休業状態だったから、売上げがなかった。
確かに、蛍子にしてみれば、守成と理事長にまんまと利用されたような気持ちなのだろう。
なにせ、三竹に作ってもらった答案用紙など、存在しなかったのだから。それには吉野も呆れた。すべて嘘だったのだ。
だがお陰で、学園では今回の一件も大した問題にならずに済んだ。
「いつの間に、そんな取り決めしてたの」
蛍子が、面白くなさそうに守成に訊く。
「ああ、」
守成は蛍子がいっているのが、千葉との約束だと思い出し、
「あれは、ハッタリだよ」
と、さらりっと応えた。
「えっ」
「あの場で、そんな許可もらってられないからね」
だからといって、あのままじゃあ、スキャンダルになりかねない。千葉をクビにさえすれば、あとは事件の事を広めないようにしなくちゃいけないからね。
しれっと、そんなことをいう。
「キタナイ!」
蛍子が膨れると「ハイハイ、」と、三杉が間に入った。
「そんなことより、ケーコちゃん。勉強よ」
ドサッと、テキストを山積みする。
「げっ」
逃げ腰になる蛍子を三杉が捕まえる。
「ちょっ、と。大石」
と、助けを求めるが、大石は、
「仰いでやるから、がんばれ」
とだけ云った。
手元のウチワで、蛍子に風を送ってやる。
(会長に続いて、大石くんまで。ケイ、他の女生徒に知られたら殺されるわね)
だが本人は全然有り難いとは、思っていないようだ。
その日遅くまで、生徒会室では蛍子の勉強会が繰り広げられたのだった。

後日、守成は理事長から感謝の印として、某ホテルのディナー券を貰った。
そのチケットを誰と使ったかは、秘密である。

Fin