答案用紙盗難事件~タロット蛍子~/◆水曜日◆ 1

小説

2日後、生徒会室でいつものように蛍子はお茶を飲んでいた。実に呑気に。
「ケイ、大変」
息せき切って飛び込んできたのは吉野だ。
「どうしたの」
蛍子が慌てて、ドアの傍らの吉野に尋ねる。
「それが・・・」
吉野は口籠もり、話すのをためらう。
蛍子はどう思うだろう。たったいま自分が訊いた噂を聞いて。
反応が怖いが、話さない訳にはいかないだろう。黙っていても、どうせ誰かの口から耳に入るに決まっている。その位どこもかしこもその噂で持ちきりだ。
意を決して、口を開く。
吉野にはその噂を聞けば蛍子が怒りだすのが分かっていたが。
吉野が話そうとしたその時、携帯が鳴りだした。
傍らを見回すと、蛍子の座っている会議机の上にのっている守成の携帯が鳴っている。守成が書類から顔を上げた。
蛍子はそれを手に持ち、立ち上がりかけ、ふと液晶を覗き込んだ。
そのまま、ピッと通話ボタンを押してしまう。
「ちょっ・・」
吉野が慌てて蛍子を止める。
電話の相手を気にして、声を低めている吉野の制止を無視し、蛍子は「はい」と、耳にあて話しだした。
「もしーもし。そ、私。えっ、今?生徒会室にいるけど」
焦る吉野を尻目に、蛍子は涼しい顔で親しげに話している。
三杉はとみると、落ち着いた顔でお茶を飲んでいた。
「いいんですか」
小声で尋ねる。
「勝手に電話に出ちゃって」
それとも、三杉は蛍子が話している相手を知っているのだろうか。
「いいえ、知らないわ」
三杉は吉野の無言の問いに応えると、「でも」と言った。
「ケーコちゃんが話している相手ということは平気な相手ということでしょ。大丈夫よ」
という。
守成と共通の知人でもいるのだろうか?
このメンバー以外に。
(まあ、確かにそうだろうけど。いくら知っている人でも他人の携帯にでるなんて)
三杉はさすがに蛍子の行動に慣れているのか平気な顔だ。
常識人の吉野としては分かっていても――蛍子の行動が非常識だと――いまだに戸惑ってしまう。
大石はとみると、素知らぬ顔でお茶を飲んでいるし、当の守成は涼しい顔で書類をめくっている。
(いい加減、馴れなくちゃ)
吉野が内心でため息を付いていると、
「うん、分かりました。かわりまーす」
明るい能天気な声で携帯に向かってそういうと、蛍子は「はい」と、今度こそ持ち主に向かって手渡した。
守成が受け取りながら眼で問い掛けると、
「鈴さん」
振り返ると、蛍子があっさりと応える。
(女性の名前?)
「はい、」
守成のよく通る声が応える。
「お電話かわりました。お久しぶりです、お元気ですか」
守成は携帯に出ると、今まで見ていた書類を片手に持ち、相手に挨拶しだした。
(知り合い?それも目上の人よ、ね)
吉野が守成の相手を推察する。大石には察しがついているようだ。
「ええ、おかげさまで。けいこもあの通り、元気ですよ」
守成は電話の相手に向かってそういうと、
「それで、今日は何か」
と、問い掛けた。
「はい。その件にについては今考慮中です。中々、適任者がいないもので、」
沈黙。相手の言葉が終ったのか、
「三杉とも検討中ですので、もう少し猶予をいただければ」
相手が何か云っている。
「それでお話はそれだけですか」
守成が先を促すと、相手は本題に入ったのか、随分長い沈黙が訪れた。
「分かりました。確約はできませんが、善処します」
「ええ、それでは」と、守成がどこかの政治家のようなことをいって電話を切る。
携帯を渡した後、興味を無くしたように、一人お茶を飲んでいた蛍子が、
「鈴さん、なんだって」
と訊いた。
「ああ、ちょっとした厄介ごとを頼まれた」
「厄介!?」
嫌そうに顔をしかめる蛍子に、「そう」と守成が頷く。
「断ればいいじゃない」
「そういう訳にもいかないだろ。普段、便宜を図ってもらっているんだから」
「まさか、・・・」
電話の相手って、三杉を見る。
「鈴さんというのは、ウチの理事長よ」
「理事長!」
吉野が驚いて、素っ頓狂な声を上げる。
「知り合いだって、知ってたでしょ」
あっさり言い放つ蛍子に、「それはそうだけど」と、吉野が口籠もる。
「それで、何の話?」
蛍子が話を元に戻すと、守成は少し言い淀んだ。
「何よ」
と、上目遣いに蛍子がにらみつけると、
「答案用紙が盗まれたのは知っているだろ」
意外なことを言い出す。
「知ってるけど、・・・・まさか」
蛍子が嫌そうに顔をしかめると、
「そのまさかなんだ」
守成は重々しく頷いた。
「犯人を捜せっていわれた」
守成の落ち着き払った声に、蛍子は机にバンッと手を付くと、
「どうして、断らないのよ!バカッ」
思いっきり、手加減なしで怒鳴った。
「バカはないだろ」
守成は相変わらず涼しい顔で、怒ってもいなそうだ。
「とにかく、私は知らないからね。犯人捜しなんて、めんどくさい」
蛍子は腕を組んで、ふんっと椅子に腰掛けると、横を向いた。
拗ねている。完璧に。
「大体、テストだって来週なのよ。月曜日すぐなんだからね」
「そう、だから急ぐ必要があるんだ」
守成の冷静な声音に蛍子も、
「どうして、急ぐ必要があるの。そりゃ犯人は捕まえなきゃいけないでしょうけど、どうせテスト用紙は作り直すんでしょう」
眉をしかめながらも、そんなふうに問い掛ける。
「ああ、だが恩田先生はお歳だ。テスト問題の作り直しが、月曜までに間に合うかどうか」
「そんなの他の先生にやらせればいいじゃない」
蛍子が守成に言い返すと、
「そういう訳にもいかない。他の先生方に頼むといっても、上野先生はバスケ部の顧問で、今度の大会の実行委員会を引き受けたとかでお忙しいし。矢元先生 は、奥さんがお産間近。菜那野先生は結婚式がもうすぐで準備に追われていらっしゃるし、他の学年の先生方に頼む訳にはいかないしね」
色々、出題範囲や他のクラスとの進み具合を考えてからじゃないと、問題は作れない。と付け足す。
「じゃあ、テストどうするの」
「かりに恩田先生が頑張ってくださって、テスト問題が間に合ったとしても、これは恩田先生に限らずだが、作ってすぐならどうしても同じような問題になってしまうだろう」
守成の言葉に、蛍子はキツイ顔をし、
「それじゃあ、犯人の思う壺じゃない」
声を荒げる。
「そうなるな。そうさせないためにも、犯人を見つけるのが最善の策というわけさ」
いつもと変わらず、声だけは冷静な守成の厳しい顔を見つめる。
「出来ればけいこにも、手伝ってもらいたいんだが」
守成は会長机の前の椅子に座ると、足を組み手を顎の下にクロスさせ蛍子をみた。

◆水曜日◆ 2 へ続く)