小説

「結局、千葉先生はクビ。テスト用紙を盗んでくれるように頼んでいた生徒は、転校したんですって」
吉野が三杉から訊いたばかりの話を、大石に教えてやる。
蛍子や守成が見当を付けていたように、犯人は千葉だった。
「いつ分かったの」という吉野に、蛍子は笑って、教師は別格だって気付いたら、必然的に。と、云った。
確かに、千葉ならば美術部の顧問をしていたから、校内に残っていただろう。
蛍子の占いの『南西』は、生徒会室。そして千葉の使っている美術室も南西にある。
答案用紙はそこから見つかった。
吉野は勘違いしていたが、『目上の人』は守成より年上ということだ。占ってもらったのは、守成なのだから。
吉野はふと、今朝会った二ノ宮栞のことを思い出した。
彼女は吉野に千葉教諭の話を聞き、
『私も、心が揺れたの。千葉先生のこと、責められないわね』
と、微笑った。
彼の為に問題を知りたいと思ったの。と、静かに吉野に告げた。
彼女の横顔は寂しげで、忘れられない。
話を聞き終わった大石が、――彼は昨夜来なかった。何人もいては、かえって邪魔になると遠慮したのだ。ウチワを仰ぐ。
「そうか」
大石の短い相づちに、吉野は「それに」と付け足す。
「千葉先生、問題の横流し、初めてじゃなかったんですって。いつも、三竹先生の机の傍をウロウロして、問題覚えていたって」
「三竹先生、机の上に答案用紙を放ったらかしだから」と、三杉が困ったようにいう。
「よく福田先生から注意されていたんですって」
これに懲りて、皆さん、気を付けるんじゃないかしら。と、中々辛らつなことを三杉がさらっという。
「そうね、気をつけてもらわないと」
ぶすっと、不貞腐れた蛍子が、不機嫌そうに言い放つ。
「どうしたの、あれ」
吉野が小声で尋ねると、
「タダ働きだって、怒っているのよ」
と、三杉が教えてくれた。
「えっ、でも。会長からお金取っていたじゃないですか」
「それなら、取り上げたの。普段の協力料だって」
なるほど。それで、機嫌が悪いのだ。この所忙しくて、『タロット蛍子』は休業状態だったから、売上げがなかった。
確かに、蛍子にしてみれば、守成と理事長にまんまと利用されたような気持ちなのだろう。
なにせ、三竹に作ってもらった答案用紙など、存在しなかったのだから。それには吉野も呆れた。すべて嘘だったのだ。
だがお陰で、学園では今回の一件も大した問題にならずに済んだ。
「いつの間に、そんな取り決めしてたの」
蛍子が、面白くなさそうに守成に訊く。
「ああ、」
守成は蛍子がいっているのが、千葉との約束だと思い出し、
「あれは、ハッタリだよ」
と、さらりっと応えた。
「えっ」
「あの場で、そんな許可もらってられないからね」
だからといって、あのままじゃあ、スキャンダルになりかねない。千葉をクビにさえすれば、あとは事件の事を広めないようにしなくちゃいけないからね。
しれっと、そんなことをいう。
「キタナイ!」
蛍子が膨れると「ハイハイ、」と、三杉が間に入った。
「そんなことより、ケーコちゃん。勉強よ」
ドサッと、テキストを山積みする。
「げっ」
逃げ腰になる蛍子を三杉が捕まえる。
「ちょっ、と。大石」
と、助けを求めるが、大石は、
「仰いでやるから、がんばれ」
とだけ云った。
手元のウチワで、蛍子に風を送ってやる。
(会長に続いて、大石くんまで。ケイ、他の女生徒に知られたら殺されるわね)
だが本人は全然有り難いとは、思っていないようだ。
その日遅くまで、生徒会室では蛍子の勉強会が繰り広げられたのだった。

後日、守成は理事長から感謝の印として、某ホテルのディナー券を貰った。
そのチケットを誰と使ったかは、秘密である。

Fin

小説

「千葉先生、大丈夫ですか。凄い剣幕でしたけど」
吉野が心配そうに尋ねる。
「凄い剣幕っていったって、所詮千葉だし」
迫力ない。と失礼なことを蛍子が述べる。
確かに、千葉教諭は痩せいていて、ガリガリといっても差し支えないような人物である。
「ああ、平気だよ。理事長に話を通しているから。他の先生方にいっても、まず理事長の許可なくしては、テスト問題の移動はありえないようにしてもらっているから」
生徒会の管轄ということになっている。三竹先生から、送られてきたテスト問題は。
「その手配をしたのは、生徒会ということになっているからね。最後まで管理するという話になっている」
つまり、三竹先生に新たなテスト問題を作ってもらったのは、守成の入れ知恵ということになっているのだ。
それなら、生徒会がテスト問題を保管していても、怪しまれないだろう。
テスト用紙は明日、印刷所に回されることになっている。緑南は生徒数が多いため、学年主任ら数名の教師同行のもと、印刷所でテスト問題を作成しているのである。
「まっ、あとは夜ね。今晩中には片がつくでしょう」
自信満々の蛍子の言葉通り、犯人が再び忍び込んでくることを祈る吉野だった。

(ないっ。どこだ。どこに隠している)
彼は焦っていた。テスト問題を探せるのは今日しかない。
明日になれば印刷所に回され、テスト問題を目にすることは不可能だろう。
(こんなことなら、もっとゆっくり盗めば良かった)
なまじあの日なら、怪しまれないなどと思ったのが裏目にでた。
あの日は、バスケ部の練習がある最後の日だったのだ。彼らに上手く罪を着せられると思ったのに。
(テスト前だというのに、ラーメンなんか食いに行きやがって)
八つ当たり気味に男は呟くと、さらに屈んで壊した机の引き出しの中を覗き込んだ。
その時。
「千葉先生、何しているんですか」
蛍子の言葉に男の肩がびくっと動く。
暗がりに屈み込んでいたのは、美術教師の千葉だった。
「何だ、君は。そこで何している」
開き直ったかのように、反対に詰問口調の千葉に蛍子は呆れる。
「それはこっちのセリフです。先生こそこんな所で何しているんですか」
蛍子は隠れていたドアの影から、悠々と千葉の前に歩み出る。
「お探しものは見つかりました、先生」
「何をいっている。お前こそ、こんな時間にどうしてココにいる。そうか!テスト問題を盗みにきたんだな」
蛍子はますます呆れ返った。誰も彼も自分と同類だと思わないで欲しい。
「それは、そっちでしょ」
ぞんざいな言葉使いになる蛍子に、千葉の口が開いたままになる。
確かに、緑南の生徒は先生に対して、他校に比べ丁寧だ。千葉が驚いても無理はない。
「貴様、教師に向かって、その口のきき様はなんだ」
「尊敬できるような教師なら、考えますけど?」
悪戯っぽく笑うと、持っていたライトで千葉の顔を照らす。
「なにを、するっ」
「テスト泥棒に、いわれたくありませんね」
「なっ」
顔を腕で庇っていた千葉が驚愕の声を上げる。
「お前、何者だ」
半ば茫然と問い掛ける千葉に、蛍子はにやりっと笑った。
「先生に犯人扱いされた人物。そういえば、分かります?」
「タ、タロット蛍子・・・」
思わず後ずさる千葉に、蛍子は夜目にも、妖艶に「正解」と微笑ってみせた。
「どうして、ここに」
「人を犯人扱いしておいて、よくもそんなことがいえますね」
いくら、私でも。と、千葉にいう。
「犯人にされたまま黙っているほど、お人好しじゃないんです」
大石が聞いていたら、即クレームのつきそうなことを平然という。
「ふっ、バカだな。ちょうどいい、テスト問題を盗んだ犯人として、福田先生に引き渡してやろう」
下を向いていた千葉が嫌な笑い声と共に、とんでもないことをいう。
「そう上手くいきますか」
蛍子の言葉に千葉は神経質そうな笑い声を上げる。
「もちろん、上手くいくとも。君のいうことなど誰が信じる。校則違反者の『タロット蛍子』さん」
千葉の勝ち誇った声に蛍子は肩をすくめ、
「さあ、どうかしら」
といった。
蛍子はにやりと笑うと、
「会長さん。立ち聞きしてないで、出てきたら」
その言葉とともに、廊下側のドアから守成が入ってくる。
「守成!」
「先生、困ったことをしてくれましたね」
現れた守成に、今度こそ千葉教諭の顔色がはっきりと変わる。
「何、をいって。それより、ちょうどいい。この女を捕まえなさい、タロット蛍子だ」
蛍子を指差してみせる千葉に、守成は表情一つ変えず、
「いまは、こちらの方が先決です。どういうことか、ご説明して下さるんでしょうね、先生」
「それは、・・・」
千葉はガクッと肩を落とす。だが、蛍子をみると、
「私は彼女がこの部屋に入るのをみて、注意しようと」
この期に及んでまだ言い逃れをしようとする。
呆れきった蛍子が、「バカじゃない。誰が信じるのよ」と、千葉をみた。
「君こそ、何をいっているんだね。守成君、教師の私の言葉とタロット蛍子などというふざけた問題児の言葉。どちらが信用できるか一目瞭然だろう」
自分の言葉に自信を持ったのか、
「他の先生方を呼んでも、どちらを信用されるか、分かりきっていると思うけどね」
勝ち誇った千葉の顔を見て、
「では、僕のいうことでは」
守成が静かに問い掛ける。
「なっ」
「残念ながら、僕も彼女と同じ。先生が、生徒会室に入られた所から見ていたんです」
守成の言葉に千葉が、立っていられなくなったのか、ヨロヨロと机にもたれ掛かる。
「――答案用紙をうっかり生徒に見せたということにしませんか」
守成の言葉に、千葉が顔を上げる。
「テスト内容をうっかり見せてしまったアナタは、その失態を知られまいとして、テスト問題を盗みだした」
どうです。と、問い掛ける。
「もちろん、学校は辞めて頂くことになりますが」と、なんでもないことのように続ける。
「そうすれば、新しいテスト問題を学校側が用意してくれると思った。注意力散漫で、管理責任は問われるでしょうが、生徒の親に頼まれて答案用紙を盗んだ犯人として捕まるよりは、処分は軽いと思いますよ。他の先生方からは恨まれるでしょうが」
愕然と守成の言葉を聞いていた千葉は、皮肉気に唇を歪めると、
「そんなこと、勝手にいっていいのか」
といった。
「ばれたら、いくら理事長のお気にいりとはいえ、ただじゃ済まないぞ」
守成は平然と、「いえ、」と微笑った。
「理事長は、それで見逃してやると仰ってます」
今度こそ、千葉は立っていられなくなり、床の上に座り込んだ。

「おい、」
そっと扉を開けて出ていく蛍子に気付いた千葉が、
「いいのか、『タロット蛍子』が逃げるぞ」
と、注意した。
「・・・・・そうですね」
「何を呑気な。だから捕まえておけといっただろうが」
ひどく怒っている。どうやら、『タロット蛍子』をつかまえて、情状酌量の余地を狙っていたらしい。
「二兎を追うものは一兎も得ず、といいますからね」
守成は涼しい顔で笑った。

◆土曜日◆ へ続く)

小説

「仲河さん」
意外な人物に声を掛けられた。
吉野は表情を変えないように、注意しながら振り向いた。
「二宮先輩」
テキストを抱えた吉野を見て、二宮栞はちょっと笑った。
「ごめんなさい。急に呼び止めて。それ、先生の用事」
「はい」
「そう。あの、テスト問題だけど」
二宮栞の突然の言葉にギクッとする。
「えっ」
「盗まれて新たに作られたって聞いたから」
静かにいう二宮栞に、吉野はなんて答えようか迷う。
「今度は生徒会室に保管されるって、本当かしらと思って」
「そうみたいですよ。職員室だとこの間の二の舞になるからって、」
吉野はなんとか平静な調子で答えることに成功する。
「そう。ちょっと噂になっていたから、気になっちゃって。野次馬しちゃった。ごめんね引き止めちゃって」
二宮栞はそういうと、スカートの裾をひるがえして、もと来た廊下を行ってしまった。

「やっぱり、二宮先輩が怪しいのかしら」
声をひそめて、蛍子に吉野が告げる。
「さあ、それより、来客って誰かしら」
蛍子は気のない返事だ。
心ここにあらずで、蛍子の関心は来客に向いているらしい。
隣の生徒会室には珍しく、誰かが来ているという。
生徒会室との仕切りのドアが閉まっていたので、資料室で吉野と二人、こうして来客が帰るのを待っているのだ。
「千葉先生、どうなさったんですか」
守成の声。
「千葉。千葉って、美術の千葉先生かしら」
吉野が小声で尋ねると、
「そうじゃない。他に千葉なんて名前なかったはずだし」
蛍子も囁くように答える。
「千葉先生が何の用?」
「しっ」
吉野の問いに、指を立てて黙らせる。
「妙な噂を訊いてね。生徒たちのデマだとは思うが」
痩せた男が室内に入るのが、鍵穴から見える。
「噂、ですか」
「ああ、ここに。生徒会室に、テスト問題が保管されているっていう、くだらないジョークだよ」
「それは、冗談じゃありません。本当の話ですよ」
守成がしれっと答える。
「なにっ」
千葉の顔色が変わる。
「どういうことだね、守成くん。三竹先生は本当にテスト問題を作ったのかね」
「ええ、無理をいって作って頂きました」
千葉は握っていた両手を組み替え、
「それなら、職員室で保管した方がいいのではないかね。私が預かろう」
といった。
「いえ、前回の二の舞になっては困りますから」
守成が即座に断る。
「だが、ね。いくらなんでも、生徒会室に保管しておくだなんて、それこそ問題だよ。そうと知っては、見過ごせないな。私が職員室まで持っていこう。テスト用紙をだしなさい」
有無をいわさず、千葉が命令する。
「いえ、それは出来ません」
「何だって」
守成の言葉に、千葉が声を荒げる。
「こういっては何ですが、前回の職員室の保安は完璧とはいえませんでした。この部屋にあることは、誰も知りません。一部で噂が流れているとはいえ、本気にしている生徒はいないでしょう」
ここにおいておくのが得策だと思いますが。
と、教師相手に平然と言い返す。
「しかし、」
なおも言い募る千葉に、
「理事長の許可は取ってあります」
守成の一言に千葉は顔色を変え、そのまま生徒会室を後にした。

◆金曜日◆ 2 へ続く)