答案用紙盗難事件~タロット蛍子~/◆水曜日◆ 2
「それなりに、けいことも無関係な話じゃないからね」
 守成の言葉に蛍子が眉をひそめる。
 「会長も噂のこと、ご存じなんですか」
 吉野がやっぱり、と尋ねると、
 「噂って、」
 と、蛍子がすごむ。
 「それは、・・・」
 吉野が言い淀むと、
 「ちょっと、何よ~」
 蛍子が吉野に詰め寄る。
 「止めなさい、ケーコちゃん」
 三杉が間に入って、蛍子を止めてくれた。
 「あの、だから。今生徒の間で答案用紙を盗んだ人間は誰かって噂になっているのよ」
 吉野がおずおずと、蛍子に話してやる。
 「ちょっと待って。テスト問題が盗まれたって、オフレコじゃなかったの」
 蛍子がさけぶと、「それがどこからか漏れたみたいなのよ」と、三杉が横から教えてやる。
 「じゃあ、みんな知っているってこと」
 「それもあって依頼が来たんだ。犯人が捕まらないと、生徒が不安になる。不正は見せしめのためにも、取り締まらないと」
 断固とした口調の守成に、
 「ふーん。それと私がどう関係するの」
 冷たく問い返した。
 「そ、れは」
 守成が口籠もると、三杉もスッと視線を外した。ある程度感付いているらしい蛍子に、意を決して吉野が、「だから犯人って噂されているのがね」
 ここで一息入れる。次の嵐を覚悟して息を吸い込むと、
 「『タロット蛍子』だって、いわれているのよ」
 「ぬわんですって~」
 余りの大声に耳がキンキンする。
 「ケーコちゃん、落ち着いて」
 宥める三杉が驚いていないことに気付いて
 「知ってたの」
 と、蛍子がにらみつける。
 「どうして黙ってたの」
 「だって、ケーコちゃん怒るでしょ」
 怒るに決まっているではないか。よりによって、カンニング犯にされるとは。
 それも答案用紙泥棒である。
 「――大石も知ってたの」
 にらんでみせると、大石は肩を竦め、
 「今日、聞いた」
 あっさりと白状する。
 「それでみんなして黙っていた訳ね」
 「言おうとしたのよ。私も今日訊いてびっくりしたんだもの。早耳の子は昨日から噂を聞いていたみたいだけど」
 宥めるように、蛍子の顔を吉野が覗き込んで優しくいう。
 「私たちもそうよ。立場上、そういう噂は耳に入りにくいのよ」
 三杉も諭すように言い聞かせた。
 ちらっと大石を蛍子がみると、
 「仕方ないだろ。いくらそんな話きいたからって、否定してまわる訳にはいかないんだから」
 それに、あれだけ噂になっているっていうのに、耳にも入らないっていうのは、問題だぞ。と付け足す。
 「仕方ないじゃない。中辻はそういう噂、訊かないの」
 蛍子がさっきの大石のセリフを図らずも、真似して言い返す。
 「今後のためにも、少しは人付き合いしたらどうだ」
 大石の言葉に三杉が顔をしかめ、
 「やめてちょうだい、大石くん。ただでさえ問題ばかり起こすトラブルメーカーなのに、人付き合いが増えたりしたら、ますます問題ばかり増えるじゃない」
 と、にべもない。
 普段、三杉は蛍子に甘いが、言う時は一番容赦ないかもしれない。
 「ひどーい」
 膨れる蛍子を放っておき、
 「大石くんは、協力してくれる」
 三杉が大石に尋ねる。
 「どうせ、巻き込まれることになるからな」
 大石がいつもの気のない調子で応える。
 「吉野ちゃんは、と」
 三杉が吉野をみる。
 「もちろん、ここまで訊いて知らん顔出来ません」
 両手を握り締め勢い込んで応える吉野に、
 「まあ、吉野ちゃんなら、テスト勉強なんていまさらだろうし」
 と、頷く。
 学園の王子様である大石が学年三位以内の成績をキープしているなら、風紀委員長の彼女である吉野も常に十位から、二十位の間をキープし続けている。
 ちなみに三年の首位争いは、守成と三杉である。
 緑南では今時、テストの結果を貼り出すなどという、時代錯誤なことを実行し続けているのだ。
 「一番問題なのは、ケーコちゃんよね。やっぱりテスト勉強させなくっちゃ駄目かしら」
 犯人探ししている場合じゃないわよね。
 「ふぅー」と、ため息をつかれてしまう。
 「平気!テスト勉強なんかしている場合じゃないって。犯人探しが先決でしょ」
 勢い良く応える蛍子を三杉が心配そうに凝視(みつ)める。
 「ケイの成績って、」
 悪いのとは聞けずに、吉野が言い淀むと、大石も小声で、「五十番くらい」と答える。
 その成績ならば、緑南の生徒数を考えれば充分優秀といえるだろう。
 蛍子のことだから、――なにせ毎日遊んでいるか、『タロット蛍子』の仕事をしているのだ。――勉強など全然していないと思っていた。
 「その成績なら、そんなに深刻にならなくても」
 優秀じゃないですか。と吉野がいうと、
 「甘いわね。吉野ちゃん」
 ビシッと三杉が人差し指を立てる。
 「ケーコちゃんが黙っていたら、勉強するタイプにみえる」
 三杉の迫力に押され、「いえ」と素直に首を振る。
 確かに自分から勉強するタイプにはみえない。だからこそ、意外に成績優秀な蛍子にびっくりしたのだ。
 もちろん、バカだと思っていた訳ではないが。頭の回転が速いのは、――口の達者なことで分かっている。
 でもそれとこれとは別というか、学校の成績が良いとは正直思っていなかった。
 テスト勉強など絶対にしないタイプだ。吉野がそういうと、
 「そっ。その通り。せめてテスト前だけはといつもテスト対策問題を作って、勉強させているのよ」
 つまり、ケーコちゃんの成績は一夜漬けの結果なの。と、堂々と三杉が言い放つ。
 蛍子は面白くなさそうな顔をしているものの、何も反論しない。
 「それじゃあ、」
 吉野が呆れ返ると、
 「そうよ、会長も私も、まだ何も教えてないの。このままじゃあ、成績が大幅ダウンよ」
 「ああ~」と、頭を抱える三杉を見て、吉野も頭痛を覚えた。
 一夜漬けなら勉強が身に付いているとは思えない。確か、学年テストは二年の前半全部から出題されるのではなかったか。
 「あっ、でも夏休みの宿題から、かなり出題されるはずですから」
 宿題さえやってれば、一夜漬けで五十位を取れる記憶力があれば。
 吉野がそういうと、三杉はますます頭を抱え、
 「だから、言ったんですよ。宿題ぐらい自分でさせなくっちゃいけないって」
 どうするんですか。と三杉が守成を責めだす。
 「いや、それは」などと、もごもごといっている守成と三杉を、今度こそ吉野は呆れて見つめた。
 甘い甘いとは思っていたけど、ここまでとは。
 「ケイッ」
 吉野が怒鳴ると、
 「ごめんなさーい」
 蛍子が頭を抱える。
 「ふうー」
 仕方がない。いまさら怒ったところで、遅い。
 「とにかく、ケイは勉強すること」
 犯人を捕まえても、蛍子が赤点を取ったら洒落にならない。
 「やだっ」
 「ケイッ!」
 この期に及んで駄々をこねる蛍子に、吉野が怒る。
(◆水曜日◆ 3 へ続く)