答案用紙盗難事件~タロット蛍子~/◆金曜日◆ 2

小説

「千葉先生、大丈夫ですか。凄い剣幕でしたけど」
吉野が心配そうに尋ねる。
「凄い剣幕っていったって、所詮千葉だし」
迫力ない。と失礼なことを蛍子が述べる。
確かに、千葉教諭は痩せいていて、ガリガリといっても差し支えないような人物である。
「ああ、平気だよ。理事長に話を通しているから。他の先生方にいっても、まず理事長の許可なくしては、テスト問題の移動はありえないようにしてもらっているから」
生徒会の管轄ということになっている。三竹先生から、送られてきたテスト問題は。
「その手配をしたのは、生徒会ということになっているからね。最後まで管理するという話になっている」
つまり、三竹先生に新たなテスト問題を作ってもらったのは、守成の入れ知恵ということになっているのだ。
それなら、生徒会がテスト問題を保管していても、怪しまれないだろう。
テスト用紙は明日、印刷所に回されることになっている。緑南は生徒数が多いため、学年主任ら数名の教師同行のもと、印刷所でテスト問題を作成しているのである。
「まっ、あとは夜ね。今晩中には片がつくでしょう」
自信満々の蛍子の言葉通り、犯人が再び忍び込んでくることを祈る吉野だった。

(ないっ。どこだ。どこに隠している)
彼は焦っていた。テスト問題を探せるのは今日しかない。
明日になれば印刷所に回され、テスト問題を目にすることは不可能だろう。
(こんなことなら、もっとゆっくり盗めば良かった)
なまじあの日なら、怪しまれないなどと思ったのが裏目にでた。
あの日は、バスケ部の練習がある最後の日だったのだ。彼らに上手く罪を着せられると思ったのに。
(テスト前だというのに、ラーメンなんか食いに行きやがって)
八つ当たり気味に男は呟くと、さらに屈んで壊した机の引き出しの中を覗き込んだ。
その時。
「千葉先生、何しているんですか」
蛍子の言葉に男の肩がびくっと動く。
暗がりに屈み込んでいたのは、美術教師の千葉だった。
「何だ、君は。そこで何している」
開き直ったかのように、反対に詰問口調の千葉に蛍子は呆れる。
「それはこっちのセリフです。先生こそこんな所で何しているんですか」
蛍子は隠れていたドアの影から、悠々と千葉の前に歩み出る。
「お探しものは見つかりました、先生」
「何をいっている。お前こそ、こんな時間にどうしてココにいる。そうか!テスト問題を盗みにきたんだな」
蛍子はますます呆れ返った。誰も彼も自分と同類だと思わないで欲しい。
「それは、そっちでしょ」
ぞんざいな言葉使いになる蛍子に、千葉の口が開いたままになる。
確かに、緑南の生徒は先生に対して、他校に比べ丁寧だ。千葉が驚いても無理はない。
「貴様、教師に向かって、その口のきき様はなんだ」
「尊敬できるような教師なら、考えますけど?」
悪戯っぽく笑うと、持っていたライトで千葉の顔を照らす。
「なにを、するっ」
「テスト泥棒に、いわれたくありませんね」
「なっ」
顔を腕で庇っていた千葉が驚愕の声を上げる。
「お前、何者だ」
半ば茫然と問い掛ける千葉に、蛍子はにやりっと笑った。
「先生に犯人扱いされた人物。そういえば、分かります?」
「タ、タロット蛍子・・・」
思わず後ずさる千葉に、蛍子は夜目にも、妖艶に「正解」と微笑ってみせた。
「どうして、ここに」
「人を犯人扱いしておいて、よくもそんなことがいえますね」
いくら、私でも。と、千葉にいう。
「犯人にされたまま黙っているほど、お人好しじゃないんです」
大石が聞いていたら、即クレームのつきそうなことを平然という。
「ふっ、バカだな。ちょうどいい、テスト問題を盗んだ犯人として、福田先生に引き渡してやろう」
下を向いていた千葉が嫌な笑い声と共に、とんでもないことをいう。
「そう上手くいきますか」
蛍子の言葉に千葉は神経質そうな笑い声を上げる。
「もちろん、上手くいくとも。君のいうことなど誰が信じる。校則違反者の『タロット蛍子』さん」
千葉の勝ち誇った声に蛍子は肩をすくめ、
「さあ、どうかしら」
といった。
蛍子はにやりと笑うと、
「会長さん。立ち聞きしてないで、出てきたら」
その言葉とともに、廊下側のドアから守成が入ってくる。
「守成!」
「先生、困ったことをしてくれましたね」
現れた守成に、今度こそ千葉教諭の顔色がはっきりと変わる。
「何、をいって。それより、ちょうどいい。この女を捕まえなさい、タロット蛍子だ」
蛍子を指差してみせる千葉に、守成は表情一つ変えず、
「いまは、こちらの方が先決です。どういうことか、ご説明して下さるんでしょうね、先生」
「それは、・・・」
千葉はガクッと肩を落とす。だが、蛍子をみると、
「私は彼女がこの部屋に入るのをみて、注意しようと」
この期に及んでまだ言い逃れをしようとする。
呆れきった蛍子が、「バカじゃない。誰が信じるのよ」と、千葉をみた。
「君こそ、何をいっているんだね。守成君、教師の私の言葉とタロット蛍子などというふざけた問題児の言葉。どちらが信用できるか一目瞭然だろう」
自分の言葉に自信を持ったのか、
「他の先生方を呼んでも、どちらを信用されるか、分かりきっていると思うけどね」
勝ち誇った千葉の顔を見て、
「では、僕のいうことでは」
守成が静かに問い掛ける。
「なっ」
「残念ながら、僕も彼女と同じ。先生が、生徒会室に入られた所から見ていたんです」
守成の言葉に千葉が、立っていられなくなったのか、ヨロヨロと机にもたれ掛かる。
「――答案用紙をうっかり生徒に見せたということにしませんか」
守成の言葉に、千葉が顔を上げる。
「テスト内容をうっかり見せてしまったアナタは、その失態を知られまいとして、テスト問題を盗みだした」
どうです。と、問い掛ける。
「もちろん、学校は辞めて頂くことになりますが」と、なんでもないことのように続ける。
「そうすれば、新しいテスト問題を学校側が用意してくれると思った。注意力散漫で、管理責任は問われるでしょうが、生徒の親に頼まれて答案用紙を盗んだ犯人として捕まるよりは、処分は軽いと思いますよ。他の先生方からは恨まれるでしょうが」
愕然と守成の言葉を聞いていた千葉は、皮肉気に唇を歪めると、
「そんなこと、勝手にいっていいのか」
といった。
「ばれたら、いくら理事長のお気にいりとはいえ、ただじゃ済まないぞ」
守成は平然と、「いえ、」と微笑った。
「理事長は、それで見逃してやると仰ってます」
今度こそ、千葉は立っていられなくなり、床の上に座り込んだ。

「おい、」
そっと扉を開けて出ていく蛍子に気付いた千葉が、
「いいのか、『タロット蛍子』が逃げるぞ」
と、注意した。
「・・・・・そうですね」
「何を呑気な。だから捕まえておけといっただろうが」
ひどく怒っている。どうやら、『タロット蛍子』をつかまえて、情状酌量の余地を狙っていたらしい。
「二兎を追うものは一兎も得ず、といいますからね」
守成は涼しい顔で笑った。

◆土曜日◆ へ続く)