小説

「どちらにしろ、校内に上手く隠れていたとしても、IDカードを使わずに犯行は無理ね」
七時を過ぎるんだもの。と三杉が考えるまでもない、と言い放つ。
「ということは、犯人はリストの中にいるってことね」
黙って話を聞いていた蛍子が口を開く。
「その通り」
三杉はリストの中から、三人の名前を書き出した。
「その中で、怪しい人物よ」
ホワイトボードの上には、
「二宮 栞」
「寺本 晋」
「清原 省吾」
と書かれていた。
「この三人に絞った理由は」
守成が尋ねると、三杉はテキパキと、
「それは、アリバイと動機です。それらしくいえば」
つまり校門を出るまで、団体行動をしていたバスケ部員は除外。そのあと一緒にラーメン屋まで行っている。
それから、校内に残っていた三年の山藤も動機がない。
盗まれたのは二年のテストで三年のものではない。間違って盗んだという可能性も、それなら最初から三年生の専用職員室に入っていただろう。ということで、却下。
「じゃあ、この人は。確か二宮さんって、三年生のキレイな人ですよね」
吉野が二宮栞の顔を思い出しながら、三杉に尋ねる。
「ええ。でも彼女には、二年生のボーイフレンドがいるのよ。成績優秀な彼女にしては不釣合いな問題児のね」
「えっ、それって」
「そう。少し噂になってたみたいだけど、吉本くんよ。彼、今度のテストでかなり良い成績をとらないと、期末まで待たずに、留年するかもね」
「ええっ!だって、まだ二学期じゃない」
蛍子が驚いて大声を出す。
「そうだけど。彼の場合は素行もいいとはいえないし。中間、期末はもちろん、今度のテストも落とせないわ。成績にかなり関係するから」
三杉の言葉に吉野は納得し、
「じゃあ、二宮さんが忘れ物したっていって校内に帰ってきたのは、吉本くんのために、テスト問題を盗むためだって、考えていらっしゃるんですか」
三杉の顔を見ると、
「その可能性もあるってこと」
「じゃあ、寺本は。バスケ部員だろ」
今度は大石が尋ねる。
「彼だけ忘れ物をしたって、別行動しているのよ。成績はまあまあ、特別悪いわけではないけど良くもない。それに、北応大に入りたいそうなのよ。バスケの推薦を狙っているけど、難しいって」
「なるほど、だから成績アップか」
大石が腕を組むと、三杉は頷いた。
「この頃ガリ勉しているって、噂よ」
そう付け足して締めくくる。
「清原くんは、本人の進級が危ないって、普段から言われている転校組よ」
転校組というのは、成績不良のため進学校である緑南から、それとなく転校を勧められている生徒たちのことである。
「それは、・・・・二年だっけ」
「そう。他の生徒は問題ないと思うわ」
三杉が自信ありげに言い切ると、
「これからが問題だな。これ以上絞り込めない」
大石が三杉の行き詰った訳を、代わりに口にしてくれる。
「そうなのよ、ここまではともかく。ここから先はね」
学校側も今の三人はマークしているわ。という三杉の言葉に、蛍子ががっかりする。
それなら、自分たちの出番はないのではないか。
「先生方も怪しいとは思っていても、決め手に欠けるみたい。状況証拠ばかりだもの」
唯一の証拠はIDカードね。それだって、校内にいるだけで怪しいって云ってるようなものだし。
続く三杉の言葉に、みんなゲンナリする。
「けいこ、せっかくだ。占ってくれないか」
それまで黙って話を聞いていた守成が口を開く。
「占い?犯人を」
「そう、三人の中の誰が怪しいか、はたまた別の誰かか」
犯人が月曜までに捕まるか、でもいいよ。
楽しそうにうながす守成に、蛍子はさっと手を差し出した。
「三千円」
「ケイッ」
吉野が思わず怒鳴る。守成から本気でお金を取る気だろうか。それも相場より高いじゃないか。
吉野がそういって怒ると、蛍子は笑って、
「あのねぇ、私は『タロット蛍子』なのよ。占いにお金取らなくてどうするのよ」
「でも、いつもより高いじゃない」
三千円なんて。
「そーれは、問題が厄介だから。恋愛と同じ相場じゃダメでしょ。やっぱ」
それに緑南のトップシークレットよ。答案用紙が盗まれたなんて、いくら噂になっているとはいえ、学校側は認めないでしょうし。
「それじゃあ、脅迫じゃない」
蛍子の言い分に、吉野が憤然とする。
「かまわないよ、別に」
守成は吉野を宥めるように微笑(わら)うと、財布から三千円取り出した。
「毎度」
蛍子はそういって、三千円受け取ると机におき、カバンからカードを取り出した。
「さて、どうする?」
「そうだな、犯人はどんな奴か。無事に取り押さえることができるか」
というところだな。という守成に、蛍子がカードを切らせる。
守成は鮮やかな手つきでカードを切り、生徒会長の机の前で、カードを広げた。
シャッフル(混ぜる)する守成の手つきはやはり手慣れている。
「過去、現在、未来と」
蛍子は守成から受け取ったカードを手際良く並べると、次々とめくっていった。
「うーん、結構運勢良いわね。アナタの志しは果たされるでしょうって。つまり犯人は捕まるってこと。ただし、守成が捕まえるかどうかは分からない。犯人は、意外な人物?上の人・・・・?アナタの身近な所にいるでしょう」
蛍子が出てきたカードを読み解くと、
「それじゃあ、犯人は絞れないぞ」
大石が文句をいう。
「ウルサイ」
蛍子はむっとしながらも、確かに今の占いなら、犯人を絞り込めないことに気付き、今度は捜し物占いをするために、カードを選り分けた。
「捜し物は、テスト問題だから。皇帝のカードっと」
自分でカードを混ぜ合わせると、また守成にカードを切らせる。
「えっと、カードは南西」
皇帝のカードが出てきた方角を告げると、
「あのなあ、どうやって探すんだよ。南西にある部屋全部みるのか。ここだって、南西だぞ」
大石が呆れてため息をつく。
「学校とも限らないしね」
家に持って帰っているだろうし、と三杉はいうと、
「たしか、南西の方角に家があるのは清原くん。上の人っていうことは、やっぱり二年のテスト用紙より上ってことで、三年の二宮栞かしら」
蛍子の占い通りに考えてやる。
「そうねぇ」
気のない相づちを打つと、
「『吊られた男』がでてる。何かに、賭ける・・・・・」
呟く蛍子に、「そうだな」と、守成は相づちを打つと、「それで、結果は」と聞いた。
「いったでしょ。結構、運が良いって」
蛍子が言い放つと、守成は「よし」と立ち上がった。
「それじゃあ、賭けをしようか」
不敵ににやりと笑ってみせる。
「そうね。その方がいいかも」
蛍子があっさりと同意する。
「えっ、何をするんですか」
慌てて吉野が尋ねた。
「だから、賭けよ」
蛍子が悪戯っぽく、笑ってみせた。

◆木曜日◆ へ続く)

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「だって、私を、『タロット蛍子』を泥棒扱いするなんて、許せないもの」
両手を拳に握って怒る蛍子を凝視(みつ)めて、三人とも視線を外し、密かにため息を吐く。
「仕方ないだろ。何かあったら、悪く言われるような怪しい奴なんだから」
「どういう意味よ」
大石に詰め寄る蛍子を三杉が止めると、
「大石くんの言うことも一理あるわよ。『タロット蛍子』は、そういう存在なんだから」
「だからって」
三杉の言葉に蛍子が悔しそうに、下唇を咬む。
「そうね、だからって許せないわね。それが犯人の流した噂なら、ね」
腕を組んだ三杉に三人の視線が集まる。
「タイミング的にみて、その可能性が高いって私は見ているんですけど」
「で?三杉はどうする気だい」
守成が蛍子をみる。その視線をとらえて、
「そうですね。ケーコちゃんの悔しい気持ちも分かるし」
蛍子が息を詰めて、三杉の言葉を待つ。
「だから、犯人を今週中に見付けて、ケーコちゃんの試験勉強を土日にさせるっていうのはどうです」
「多可ちゃん!」
蛍子が三杉に飛び付く。
「仕方がないな。どっちにしろ、けいこが大人しくしているとは思えないからね」
守成が満足そうに笑って蛍子たちを見る。
「でも、今週中に犯人を見つけるって言ったって、そんなに上手くいきますか」
吉野の当然の疑問に、
「大丈夫。なせばなる、なさねばならぬ何事もっていうでしょ」
不安そうに蛍子を見る吉野に、
「ケーコちゃんの言う通り。とりあえず動きださないと、何も変わらないわ」
三杉が気を取り直したように、どちらかといえば自分に言い聞かせるようにいう。
「そうだな、まず噂の出所と校内に残っていた奴のチェックだな」
大石がまず片付ける問題を口にすると、
「それなら、」
と吉野がノートを出してくる。
「噂っていっても、緑南は生徒数が多いいんで、ここから流れたっていう限定は出来なかったんですけど、大まかに聞き込みしてきた結果です」
三杉がカバンから書類を取り出してきた。
「こっちは当日学校に居残っていた生徒のリストよ。テスト前だから、部活で残っていたのはバスケ部だけ。後は忘れ物を取りに来た数人ね」
二人して調べ済みのリストを渡す。
「どうせこうなると思って」
ケーコちゃんのことだから、犯人なんていわれて黙っている訳ないもの。
眼を丸くしている蛍子に、説明してやる。
「アリガト」
蛍子が嬉しそうに、下を向きながら小声で呟く。
「あら、」
三杉は可愛くてたまらないというように、
「いいのよ。これぐらい」
蛍子の頭を撫でてやる。
「さて、それじゃあ整理してみましょうか」
バサバサと書類とノートを広げると、各自覗き込む。
「うーん、噂の方はやっぱ確証がないな」
大石が広げたノートを読みおわり、三杉に渡しながらぼやく。
「一年B組って」
大石がノートの左端を指す。
「それ、B組の生徒で噂の出所が止まっているんです。偶然にしてもそういう人が何人かいたから、」
彼女たちはクラスでその噂を訊いたっていってます。と吉野が続ける。
「あとは、新聞部の子や美術部の人たちも、結構そこから先、辿れなかったんですけど」
「ちょっと待って。美術部って確か」
三杉がパラパラと手帳をめくる。
「やっぱり、テスト問題が盗まれた当日に学校に残ってるわ」
「部活やってたのって、バスケ部だけじゃなかったっけ」
「ああ、」
蛍子が疑問に思って尋ねると、大石も相づちを打つ。
「そっちは七時以降に残っていた人たちのリストよ」
三杉はそういうと、ホワイトボードにマグネットでリストを貼りつけだした。
「まず、整理しましょう。問題の月曜日、答案用紙は盗まれた。いいわね」
「うん」と蛍子が頷く。守成と大石も異論はない。
「これは、かなりはっきりしています。恩田先生が帰られたのは六時。その時にはテスト用紙があったわ。なにせ、帰る直前に出来たばかりのテスト用紙を机に 入れたんだから。その時に鍵をかけ確認されています。問題はここから。職員室には何人かの先生方が残っておられたから、職員室の鍵はそのまま、恩田先生は 帰られた。鍵が掛かっていなかったとはいえ、テスト前だから職員室への出入りは不可能。ここまではいい」
「うん、」
三杉はホワイトボードに大きく、六時五十五分と書いた。
「先生方が帰られたのが、この時間。テスト前で家で、テスト問題を作っておられる他教科の先生や学年の先生方。皆さん忙しくて、先週末から早く帰られる先生方が多いそうよ」
今度は九時半と書くと、
「で、この時間に用務員さんが職員室に見回りに行き、荒らされた部屋を発見。セキュリティを作動させ、ガードマンが到着したのが九時四十五分。つまり犯行時間は、六時五十五分から九時半の間ね」
みんなが黙っているのを了承の印ととって、
「私がさっき渡したリストは七時以降、校内に残っていた人のリストよ」
「セキュリティね」
蛍子が確認する。
「そう、みんな知っている通り、最終門限時刻七時を過ぎると、校門を出入りするのに、生徒証明書が必要になる」
三杉はそういって、胸元からIDカードをだす。ひらりと指の間に挟まったカードは磁気のついた本格的なカードだ。
「入るのはもちろん出ていくのにも必要。だから美術部は除外したの」
「つまり美術部は、七時前には帰っているっていうこと」
蛍子が小首を傾げ、三杉に問い掛ける。
「そう、クラブ活動はしているんだけど、六時半には帰っているの。ゆっくり帰った人間がいたとしても、全員カードは通していないわ」
「五分前に、職員室に誰もいなくなっていたとしても無理だな。時間がギリギリ過ぎる」
「時間を勘違いしているっていうことは」
吉野が当然の疑問を口にすると、三杉は首を振り、「確認したけど、鳥野先生にいたっては滑り込みセーフで、IDカードを使わなかったそうなのよ」
「つまり」
「時間ぎりぎり。先生方が帰ってからなら、余計無理だと思うわ」
「じゃあ、美術部はシロですね」
顎に手をやり、考え込みながらゆっくりという。
「そっ。おまけに仲良く揃って帰る所を風紀委員が見ているのよ」
でも、噂の出所としては、怪しいわね。事情聴取されているはずだから。怪しい人間をみなかったかって。
「なるほど、そうだな。なあ、仲河。風紀の見回りって、何時からだ」
黙って話を聞いていた大石が、吉野に尋ねる。
「えーと、六時半からよ。大きく分けると、まず六時から校門に見張りが立つでしょ。この時点でIDカードはなくても、風紀に見られずに校内に入れないわ。 六時までは出入り自由だけど。それから、六時半から別のグループが校内の見回り。最終下校時間である七時五分前には見回りを終わり、校門の前に集合。修平 のサインを貰って、見回り見張り共に終了するのが、七時五分位かしら」
用もなく校内に残っている生徒は、六時を過ぎると風紀に連れ去られてしまう。
「忘れ物をした生徒が校内に入るためには、IDカードが必要だし。もしくは通用門を通って、用務員さんに通してもらうかね」
「校門って、いくつだっけ。正門、裏門。南門に・・・」
三杉がいえば、大石も続ける。
「あとは通用門よ」
三杉は大石に教えてやると、
「美術部はやっぱり除外してもいいと思うのよ」
手帳を閉じた。
「そうかも。ねぇ、六時前に来て校内に隠れてたとか」
「それは、考えたけど」
「風紀の能力がどうとかじゃなく、可能性の問題な」と、蛍子と三杉の言葉に、大石が吉野に申し訳なさそうな視線を送る。
吉野はそんな大石に、「いえ、可能性としては充分ありえると思います。これだけ広い校内なんですもの」と、大石の考えを肯定する。
「そうね。でもその可能性はないと思うわ。確かに緑南ほどの広さなら―ケーコちゃんのことといい、いくらでも隠れる場所はあるけど、今回は意味がないわ」
犯行時間を考えるとね。という。

◆水曜日◆ 4 へ続く)

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「それなりに、けいことも無関係な話じゃないからね」
守成の言葉に蛍子が眉をひそめる。
「会長も噂のこと、ご存じなんですか」
吉野がやっぱり、と尋ねると、
「噂って、」
と、蛍子がすごむ。
「それは、・・・」
吉野が言い淀むと、
「ちょっと、何よ~」
蛍子が吉野に詰め寄る。
「止めなさい、ケーコちゃん」
三杉が間に入って、蛍子を止めてくれた。
「あの、だから。今生徒の間で答案用紙を盗んだ人間は誰かって噂になっているのよ」
吉野がおずおずと、蛍子に話してやる。
「ちょっと待って。テスト問題が盗まれたって、オフレコじゃなかったの」
蛍子がさけぶと、「それがどこからか漏れたみたいなのよ」と、三杉が横から教えてやる。
「じゃあ、みんな知っているってこと」
「それもあって依頼が来たんだ。犯人が捕まらないと、生徒が不安になる。不正は見せしめのためにも、取り締まらないと」
断固とした口調の守成に、
「ふーん。それと私がどう関係するの」
冷たく問い返した。
「そ、れは」
守成が口籠もると、三杉もスッと視線を外した。ある程度感付いているらしい蛍子に、意を決して吉野が、「だから犯人って噂されているのがね」
ここで一息入れる。次の嵐を覚悟して息を吸い込むと、
「『タロット蛍子』だって、いわれているのよ」
「ぬわんですって~」
余りの大声に耳がキンキンする。
「ケーコちゃん、落ち着いて」
宥める三杉が驚いていないことに気付いて
「知ってたの」
と、蛍子がにらみつける。
「どうして黙ってたの」
「だって、ケーコちゃん怒るでしょ」
怒るに決まっているではないか。よりによって、カンニング犯にされるとは。
それも答案用紙泥棒である。
「――大石も知ってたの」
にらんでみせると、大石は肩を竦め、
「今日、聞いた」
あっさりと白状する。
「それでみんなして黙っていた訳ね」
「言おうとしたのよ。私も今日訊いてびっくりしたんだもの。早耳の子は昨日から噂を聞いていたみたいだけど」
宥めるように、蛍子の顔を吉野が覗き込んで優しくいう。
「私たちもそうよ。立場上、そういう噂は耳に入りにくいのよ」
三杉も諭すように言い聞かせた。
ちらっと大石を蛍子がみると、
「仕方ないだろ。いくらそんな話きいたからって、否定してまわる訳にはいかないんだから」
それに、あれだけ噂になっているっていうのに、耳にも入らないっていうのは、問題だぞ。と付け足す。
「仕方ないじゃない。中辻はそういう噂、訊かないの」
蛍子がさっきの大石のセリフを図らずも、真似して言い返す。
「今後のためにも、少しは人付き合いしたらどうだ」
大石の言葉に三杉が顔をしかめ、
「やめてちょうだい、大石くん。ただでさえ問題ばかり起こすトラブルメーカーなのに、人付き合いが増えたりしたら、ますます問題ばかり増えるじゃない」
と、にべもない。
普段、三杉は蛍子に甘いが、言う時は一番容赦ないかもしれない。
「ひどーい」
膨れる蛍子を放っておき、
「大石くんは、協力してくれる」
三杉が大石に尋ねる。
「どうせ、巻き込まれることになるからな」
大石がいつもの気のない調子で応える。
「吉野ちゃんは、と」
三杉が吉野をみる。
「もちろん、ここまで訊いて知らん顔出来ません」
両手を握り締め勢い込んで応える吉野に、
「まあ、吉野ちゃんなら、テスト勉強なんていまさらだろうし」
と、頷く。
学園の王子様である大石が学年三位以内の成績をキープしているなら、風紀委員長の彼女である吉野も常に十位から、二十位の間をキープし続けている。
ちなみに三年の首位争いは、守成と三杉である。
緑南では今時、テストの結果を貼り出すなどという、時代錯誤なことを実行し続けているのだ。
「一番問題なのは、ケーコちゃんよね。やっぱりテスト勉強させなくっちゃ駄目かしら」
犯人探ししている場合じゃないわよね。
「ふぅー」と、ため息をつかれてしまう。
「平気!テスト勉強なんかしている場合じゃないって。犯人探しが先決でしょ」
勢い良く応える蛍子を三杉が心配そうに凝視(みつ)める。
「ケイの成績って、」
悪いのとは聞けずに、吉野が言い淀むと、大石も小声で、「五十番くらい」と答える。
その成績ならば、緑南の生徒数を考えれば充分優秀といえるだろう。
蛍子のことだから、――なにせ毎日遊んでいるか、『タロット蛍子』の仕事をしているのだ。――勉強など全然していないと思っていた。
「その成績なら、そんなに深刻にならなくても」
優秀じゃないですか。と吉野がいうと、
「甘いわね。吉野ちゃん」
ビシッと三杉が人差し指を立てる。
「ケーコちゃんが黙っていたら、勉強するタイプにみえる」
三杉の迫力に押され、「いえ」と素直に首を振る。
確かに自分から勉強するタイプにはみえない。だからこそ、意外に成績優秀な蛍子にびっくりしたのだ。
もちろん、バカだと思っていた訳ではないが。頭の回転が速いのは、――口の達者なことで分かっている。
でもそれとこれとは別というか、学校の成績が良いとは正直思っていなかった。
テスト勉強など絶対にしないタイプだ。吉野がそういうと、
「そっ。その通り。せめてテスト前だけはといつもテスト対策問題を作って、勉強させているのよ」
つまり、ケーコちゃんの成績は一夜漬けの結果なの。と、堂々と三杉が言い放つ。
蛍子は面白くなさそうな顔をしているものの、何も反論しない。
「それじゃあ、」
吉野が呆れ返ると、
「そうよ、会長も私も、まだ何も教えてないの。このままじゃあ、成績が大幅ダウンよ」
「ああ~」と、頭を抱える三杉を見て、吉野も頭痛を覚えた。
一夜漬けなら勉強が身に付いているとは思えない。確か、学年テストは二年の前半全部から出題されるのではなかったか。
「あっ、でも夏休みの宿題から、かなり出題されるはずですから」
宿題さえやってれば、一夜漬けで五十位を取れる記憶力があれば。
吉野がそういうと、三杉はますます頭を抱え、
「だから、言ったんですよ。宿題ぐらい自分でさせなくっちゃいけないって」
どうするんですか。と三杉が守成を責めだす。
「いや、それは」などと、もごもごといっている守成と三杉を、今度こそ吉野は呆れて見つめた。
甘い甘いとは思っていたけど、ここまでとは。
「ケイッ」
吉野が怒鳴ると、
「ごめんなさーい」
蛍子が頭を抱える。
「ふうー」
仕方がない。いまさら怒ったところで、遅い。
「とにかく、ケイは勉強すること」
犯人を捕まえても、蛍子が赤点を取ったら洒落にならない。
「やだっ」
「ケイッ!」
この期に及んで駄々をこねる蛍子に、吉野が怒る。

◆水曜日◆ 3 へ続く)