答案用紙盗難事件~タロット蛍子~/◆金曜日◆ 1

小説

「仲河さん」
意外な人物に声を掛けられた。
吉野は表情を変えないように、注意しながら振り向いた。
「二宮先輩」
テキストを抱えた吉野を見て、二宮栞はちょっと笑った。
「ごめんなさい。急に呼び止めて。それ、先生の用事」
「はい」
「そう。あの、テスト問題だけど」
二宮栞の突然の言葉にギクッとする。
「えっ」
「盗まれて新たに作られたって聞いたから」
静かにいう二宮栞に、吉野はなんて答えようか迷う。
「今度は生徒会室に保管されるって、本当かしらと思って」
「そうみたいですよ。職員室だとこの間の二の舞になるからって、」
吉野はなんとか平静な調子で答えることに成功する。
「そう。ちょっと噂になっていたから、気になっちゃって。野次馬しちゃった。ごめんね引き止めちゃって」
二宮栞はそういうと、スカートの裾をひるがえして、もと来た廊下を行ってしまった。

「やっぱり、二宮先輩が怪しいのかしら」
声をひそめて、蛍子に吉野が告げる。
「さあ、それより、来客って誰かしら」
蛍子は気のない返事だ。
心ここにあらずで、蛍子の関心は来客に向いているらしい。
隣の生徒会室には珍しく、誰かが来ているという。
生徒会室との仕切りのドアが閉まっていたので、資料室で吉野と二人、こうして来客が帰るのを待っているのだ。
「千葉先生、どうなさったんですか」
守成の声。
「千葉。千葉って、美術の千葉先生かしら」
吉野が小声で尋ねると、
「そうじゃない。他に千葉なんて名前なかったはずだし」
蛍子も囁くように答える。
「千葉先生が何の用?」
「しっ」
吉野の問いに、指を立てて黙らせる。
「妙な噂を訊いてね。生徒たちのデマだとは思うが」
痩せた男が室内に入るのが、鍵穴から見える。
「噂、ですか」
「ああ、ここに。生徒会室に、テスト問題が保管されているっていう、くだらないジョークだよ」
「それは、冗談じゃありません。本当の話ですよ」
守成がしれっと答える。
「なにっ」
千葉の顔色が変わる。
「どういうことだね、守成くん。三竹先生は本当にテスト問題を作ったのかね」
「ええ、無理をいって作って頂きました」
千葉は握っていた両手を組み替え、
「それなら、職員室で保管した方がいいのではないかね。私が預かろう」
といった。
「いえ、前回の二の舞になっては困りますから」
守成が即座に断る。
「だが、ね。いくらなんでも、生徒会室に保管しておくだなんて、それこそ問題だよ。そうと知っては、見過ごせないな。私が職員室まで持っていこう。テスト用紙をだしなさい」
有無をいわさず、千葉が命令する。
「いえ、それは出来ません」
「何だって」
守成の言葉に、千葉が声を荒げる。
「こういっては何ですが、前回の職員室の保安は完璧とはいえませんでした。この部屋にあることは、誰も知りません。一部で噂が流れているとはいえ、本気にしている生徒はいないでしょう」
ここにおいておくのが得策だと思いますが。
と、教師相手に平然と言い返す。
「しかし、」
なおも言い募る千葉に、
「理事長の許可は取ってあります」
守成の一言に千葉は顔色を変え、そのまま生徒会室を後にした。

◆金曜日◆ 2 へ続く)