小説

「それなりに、けいことも無関係な話じゃないからね」
守成の言葉に蛍子が眉をひそめる。
「会長も噂のこと、ご存じなんですか」
吉野がやっぱり、と尋ねると、
「噂って、」
と、蛍子がすごむ。
「それは、・・・」
吉野が言い淀むと、
「ちょっと、何よ~」
蛍子が吉野に詰め寄る。
「止めなさい、ケーコちゃん」
三杉が間に入って、蛍子を止めてくれた。
「あの、だから。今生徒の間で答案用紙を盗んだ人間は誰かって噂になっているのよ」
吉野がおずおずと、蛍子に話してやる。
「ちょっと待って。テスト問題が盗まれたって、オフレコじゃなかったの」
蛍子がさけぶと、「それがどこからか漏れたみたいなのよ」と、三杉が横から教えてやる。
「じゃあ、みんな知っているってこと」
「それもあって依頼が来たんだ。犯人が捕まらないと、生徒が不安になる。不正は見せしめのためにも、取り締まらないと」
断固とした口調の守成に、
「ふーん。それと私がどう関係するの」
冷たく問い返した。
「そ、れは」
守成が口籠もると、三杉もスッと視線を外した。ある程度感付いているらしい蛍子に、意を決して吉野が、「だから犯人って噂されているのがね」
ここで一息入れる。次の嵐を覚悟して息を吸い込むと、
「『タロット蛍子』だって、いわれているのよ」
「ぬわんですって~」
余りの大声に耳がキンキンする。
「ケーコちゃん、落ち着いて」
宥める三杉が驚いていないことに気付いて
「知ってたの」
と、蛍子がにらみつける。
「どうして黙ってたの」
「だって、ケーコちゃん怒るでしょ」
怒るに決まっているではないか。よりによって、カンニング犯にされるとは。
それも答案用紙泥棒である。
「――大石も知ってたの」
にらんでみせると、大石は肩を竦め、
「今日、聞いた」
あっさりと白状する。
「それでみんなして黙っていた訳ね」
「言おうとしたのよ。私も今日訊いてびっくりしたんだもの。早耳の子は昨日から噂を聞いていたみたいだけど」
宥めるように、蛍子の顔を吉野が覗き込んで優しくいう。
「私たちもそうよ。立場上、そういう噂は耳に入りにくいのよ」
三杉も諭すように言い聞かせた。
ちらっと大石を蛍子がみると、
「仕方ないだろ。いくらそんな話きいたからって、否定してまわる訳にはいかないんだから」
それに、あれだけ噂になっているっていうのに、耳にも入らないっていうのは、問題だぞ。と付け足す。
「仕方ないじゃない。中辻はそういう噂、訊かないの」
蛍子がさっきの大石のセリフを図らずも、真似して言い返す。
「今後のためにも、少しは人付き合いしたらどうだ」
大石の言葉に三杉が顔をしかめ、
「やめてちょうだい、大石くん。ただでさえ問題ばかり起こすトラブルメーカーなのに、人付き合いが増えたりしたら、ますます問題ばかり増えるじゃない」
と、にべもない。
普段、三杉は蛍子に甘いが、言う時は一番容赦ないかもしれない。
「ひどーい」
膨れる蛍子を放っておき、
「大石くんは、協力してくれる」
三杉が大石に尋ねる。
「どうせ、巻き込まれることになるからな」
大石がいつもの気のない調子で応える。
「吉野ちゃんは、と」
三杉が吉野をみる。
「もちろん、ここまで訊いて知らん顔出来ません」
両手を握り締め勢い込んで応える吉野に、
「まあ、吉野ちゃんなら、テスト勉強なんていまさらだろうし」
と、頷く。
学園の王子様である大石が学年三位以内の成績をキープしているなら、風紀委員長の彼女である吉野も常に十位から、二十位の間をキープし続けている。
ちなみに三年の首位争いは、守成と三杉である。
緑南では今時、テストの結果を貼り出すなどという、時代錯誤なことを実行し続けているのだ。
「一番問題なのは、ケーコちゃんよね。やっぱりテスト勉強させなくっちゃ駄目かしら」
犯人探ししている場合じゃないわよね。
「ふぅー」と、ため息をつかれてしまう。
「平気!テスト勉強なんかしている場合じゃないって。犯人探しが先決でしょ」
勢い良く応える蛍子を三杉が心配そうに凝視(みつ)める。
「ケイの成績って、」
悪いのとは聞けずに、吉野が言い淀むと、大石も小声で、「五十番くらい」と答える。
その成績ならば、緑南の生徒数を考えれば充分優秀といえるだろう。
蛍子のことだから、――なにせ毎日遊んでいるか、『タロット蛍子』の仕事をしているのだ。――勉強など全然していないと思っていた。
「その成績なら、そんなに深刻にならなくても」
優秀じゃないですか。と吉野がいうと、
「甘いわね。吉野ちゃん」
ビシッと三杉が人差し指を立てる。
「ケーコちゃんが黙っていたら、勉強するタイプにみえる」
三杉の迫力に押され、「いえ」と素直に首を振る。
確かに自分から勉強するタイプにはみえない。だからこそ、意外に成績優秀な蛍子にびっくりしたのだ。
もちろん、バカだと思っていた訳ではないが。頭の回転が速いのは、――口の達者なことで分かっている。
でもそれとこれとは別というか、学校の成績が良いとは正直思っていなかった。
テスト勉強など絶対にしないタイプだ。吉野がそういうと、
「そっ。その通り。せめてテスト前だけはといつもテスト対策問題を作って、勉強させているのよ」
つまり、ケーコちゃんの成績は一夜漬けの結果なの。と、堂々と三杉が言い放つ。
蛍子は面白くなさそうな顔をしているものの、何も反論しない。
「それじゃあ、」
吉野が呆れ返ると、
「そうよ、会長も私も、まだ何も教えてないの。このままじゃあ、成績が大幅ダウンよ」
「ああ~」と、頭を抱える三杉を見て、吉野も頭痛を覚えた。
一夜漬けなら勉強が身に付いているとは思えない。確か、学年テストは二年の前半全部から出題されるのではなかったか。
「あっ、でも夏休みの宿題から、かなり出題されるはずですから」
宿題さえやってれば、一夜漬けで五十位を取れる記憶力があれば。
吉野がそういうと、三杉はますます頭を抱え、
「だから、言ったんですよ。宿題ぐらい自分でさせなくっちゃいけないって」
どうするんですか。と三杉が守成を責めだす。
「いや、それは」などと、もごもごといっている守成と三杉を、今度こそ吉野は呆れて見つめた。
甘い甘いとは思っていたけど、ここまでとは。
「ケイッ」
吉野が怒鳴ると、
「ごめんなさーい」
蛍子が頭を抱える。
「ふうー」
仕方がない。いまさら怒ったところで、遅い。
「とにかく、ケイは勉強すること」
犯人を捕まえても、蛍子が赤点を取ったら洒落にならない。
「やだっ」
「ケイッ!」
この期に及んで駄々をこねる蛍子に、吉野が怒る。

◆水曜日◆ 3 へ続く)

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2日後、生徒会室でいつものように蛍子はお茶を飲んでいた。実に呑気に。
「ケイ、大変」
息せき切って飛び込んできたのは吉野だ。
「どうしたの」
蛍子が慌てて、ドアの傍らの吉野に尋ねる。
「それが・・・」
吉野は口籠もり、話すのをためらう。
蛍子はどう思うだろう。たったいま自分が訊いた噂を聞いて。
反応が怖いが、話さない訳にはいかないだろう。黙っていても、どうせ誰かの口から耳に入るに決まっている。その位どこもかしこもその噂で持ちきりだ。
意を決して、口を開く。
吉野にはその噂を聞けば蛍子が怒りだすのが分かっていたが。
吉野が話そうとしたその時、携帯が鳴りだした。
傍らを見回すと、蛍子の座っている会議机の上にのっている守成の携帯が鳴っている。守成が書類から顔を上げた。
蛍子はそれを手に持ち、立ち上がりかけ、ふと液晶を覗き込んだ。
そのまま、ピッと通話ボタンを押してしまう。
「ちょっ・・」
吉野が慌てて蛍子を止める。
電話の相手を気にして、声を低めている吉野の制止を無視し、蛍子は「はい」と、耳にあて話しだした。
「もしーもし。そ、私。えっ、今?生徒会室にいるけど」
焦る吉野を尻目に、蛍子は涼しい顔で親しげに話している。
三杉はとみると、落ち着いた顔でお茶を飲んでいた。
「いいんですか」
小声で尋ねる。
「勝手に電話に出ちゃって」
それとも、三杉は蛍子が話している相手を知っているのだろうか。
「いいえ、知らないわ」
三杉は吉野の無言の問いに応えると、「でも」と言った。
「ケーコちゃんが話している相手ということは平気な相手ということでしょ。大丈夫よ」
という。
守成と共通の知人でもいるのだろうか?
このメンバー以外に。
(まあ、確かにそうだろうけど。いくら知っている人でも他人の携帯にでるなんて)
三杉はさすがに蛍子の行動に慣れているのか平気な顔だ。
常識人の吉野としては分かっていても――蛍子の行動が非常識だと――いまだに戸惑ってしまう。
大石はとみると、素知らぬ顔でお茶を飲んでいるし、当の守成は涼しい顔で書類をめくっている。
(いい加減、馴れなくちゃ)
吉野が内心でため息を付いていると、
「うん、分かりました。かわりまーす」
明るい能天気な声で携帯に向かってそういうと、蛍子は「はい」と、今度こそ持ち主に向かって手渡した。
守成が受け取りながら眼で問い掛けると、
「鈴さん」
振り返ると、蛍子があっさりと応える。
(女性の名前?)
「はい、」
守成のよく通る声が応える。
「お電話かわりました。お久しぶりです、お元気ですか」
守成は携帯に出ると、今まで見ていた書類を片手に持ち、相手に挨拶しだした。
(知り合い?それも目上の人よ、ね)
吉野が守成の相手を推察する。大石には察しがついているようだ。
「ええ、おかげさまで。けいこもあの通り、元気ですよ」
守成は電話の相手に向かってそういうと、
「それで、今日は何か」
と、問い掛けた。
「はい。その件にについては今考慮中です。中々、適任者がいないもので、」
沈黙。相手の言葉が終ったのか、
「三杉とも検討中ですので、もう少し猶予をいただければ」
相手が何か云っている。
「それでお話はそれだけですか」
守成が先を促すと、相手は本題に入ったのか、随分長い沈黙が訪れた。
「分かりました。確約はできませんが、善処します」
「ええ、それでは」と、守成がどこかの政治家のようなことをいって電話を切る。
携帯を渡した後、興味を無くしたように、一人お茶を飲んでいた蛍子が、
「鈴さん、なんだって」
と訊いた。
「ああ、ちょっとした厄介ごとを頼まれた」
「厄介!?」
嫌そうに顔をしかめる蛍子に、「そう」と守成が頷く。
「断ればいいじゃない」
「そういう訳にもいかないだろ。普段、便宜を図ってもらっているんだから」
「まさか、・・・」
電話の相手って、三杉を見る。
「鈴さんというのは、ウチの理事長よ」
「理事長!」
吉野が驚いて、素っ頓狂な声を上げる。
「知り合いだって、知ってたでしょ」
あっさり言い放つ蛍子に、「それはそうだけど」と、吉野が口籠もる。
「それで、何の話?」
蛍子が話を元に戻すと、守成は少し言い淀んだ。
「何よ」
と、上目遣いに蛍子がにらみつけると、
「答案用紙が盗まれたのは知っているだろ」
意外なことを言い出す。
「知ってるけど、・・・・まさか」
蛍子が嫌そうに顔をしかめると、
「そのまさかなんだ」
守成は重々しく頷いた。
「犯人を捜せっていわれた」
守成の落ち着き払った声に、蛍子は机にバンッと手を付くと、
「どうして、断らないのよ!バカッ」
思いっきり、手加減なしで怒鳴った。
「バカはないだろ」
守成は相変わらず涼しい顔で、怒ってもいなそうだ。
「とにかく、私は知らないからね。犯人捜しなんて、めんどくさい」
蛍子は腕を組んで、ふんっと椅子に腰掛けると、横を向いた。
拗ねている。完璧に。
「大体、テストだって来週なのよ。月曜日すぐなんだからね」
「そう、だから急ぐ必要があるんだ」
守成の冷静な声音に蛍子も、
「どうして、急ぐ必要があるの。そりゃ犯人は捕まえなきゃいけないでしょうけど、どうせテスト用紙は作り直すんでしょう」
眉をしかめながらも、そんなふうに問い掛ける。
「ああ、だが恩田先生はお歳だ。テスト問題の作り直しが、月曜までに間に合うかどうか」
「そんなの他の先生にやらせればいいじゃない」
蛍子が守成に言い返すと、
「そういう訳にもいかない。他の先生方に頼むといっても、上野先生はバスケ部の顧問で、今度の大会の実行委員会を引き受けたとかでお忙しいし。矢元先生 は、奥さんがお産間近。菜那野先生は結婚式がもうすぐで準備に追われていらっしゃるし、他の学年の先生方に頼む訳にはいかないしね」
色々、出題範囲や他のクラスとの進み具合を考えてからじゃないと、問題は作れない。と付け足す。
「じゃあ、テストどうするの」
「かりに恩田先生が頑張ってくださって、テスト問題が間に合ったとしても、これは恩田先生に限らずだが、作ってすぐならどうしても同じような問題になってしまうだろう」
守成の言葉に、蛍子はキツイ顔をし、
「それじゃあ、犯人の思う壺じゃない」
声を荒げる。
「そうなるな。そうさせないためにも、犯人を見つけるのが最善の策というわけさ」
いつもと変わらず、声だけは冷静な守成の厳しい顔を見つめる。
「出来ればけいこにも、手伝ってもらいたいんだが」
守成は会長机の前の椅子に座ると、足を組み手を顎の下にクロスさせ蛍子をみた。

◆水曜日◆ 2 へ続く)

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人は見てはいけないものを見たときに、どうすればいいのだろう?
見たくないものを見たときに、視線を外してしまう人の気持ちが分かった気がする。
生徒会室に入った途端、目に入った光景に吉野はげんなりとした。
視線を外そうとして思いなおす。このままにしておくわけにもいかない。そのかわり、「ケイ」と声を掛けた。
「吉野」
振り返ったのは、美少女占い師にして、友人の「タロット蛍子」だ。
ひらひらと手を振ってくる。
その隣で優雅にウチワを操っているのは、この部屋の主にして生徒会長の守成だった。
「何やってるの」
あきれて問いただすが、蛍子は素知らぬ顔で、「何が」と聞き返した。
吉野は口を開こうとして思いなおし、「三杉さんは」と訊いた。
「多可ちゃんなら、生徒指導室」
思ったとおりの答えが返ってくる。
(やっぱり。三杉さんがいたら、いくら何でもこんなことにはなってないもの、ね)
生徒会室で会議机を間に挟んで二人は座っていた。それはいいのだ。それは。
だが、なぜか守成の手にはウチワが持たれ目の前の美少女にさっきから風が送られ続けている。
(いくらなんでも、生徒会長を扇風機代わりにするなんて)
吉野はコメントを差し控え「大石くんは」と訊いた。
いつも一緒にいる大石もなぜかいない。この部屋には、蛍子と守成の二人っきりだ。
せめて大石がいれば、蛍子を止めてくれたのだろうが・・・・。
「大石なら、コンビニ。おやつ買いに行ってる」
蛍子が腕を組み替えながら応える。頬杖をついた手にさらっと髪が零れる。
艶々のストレートヘアーが、まだ強い九月の陽射しに反射してとても綺麗だ。
確かに彼女に頼まれればウチワの一つも仰いでやろうという気になるのかもしれない。
「ただいま」
ちょうどその時、後ろから声が掛かった。
資料室の扉から入ってきたのは、三杉と大石だ。
「そこで一緒になったの。吉野ちゃん来てたの」
三杉が荷物で手が塞がっている大石のためにドアを開けてやりながら、吉野に声を掛けた。
「はい。たった今」
「そう」と頷いた三杉は、吉野の後ろにいる守成と蛍子を見て顔色を変えた。
「何してるんですか」
「なにって、」
「何が」
突然の三杉の剣幕に押され、二人して茫然と問い返す。
さっきまでの自分と同じ心中であろう三杉のことを思って、吉野はため息を付いた。
どうせ二人とも、分かってないのだ。きっと。
「どうして会長がウチワなんて、持っているんですか」
三杉が眉間の皺を揉みながらいう。
「ああ、これ」
守成は笑って、「けいこが暑いというからね」と、仰いでいたとあっさりという。
「会長~」
三杉は拳を握り締め、
「そんなことする暇があったら、仕事してください」
ウチワじゃなくて、ペンを持って下さい。ペンを。というと、キッと守成をにらみつけた。
守成が肩を竦めると、三杉は更に守成に詰め寄り、目の前で人差し指をたてると、
「大体、会長はケーコちゃんに甘すぎます。これ以上甘やかしてどうするんです」
と、キッパリと言い放った。
「三杉にいわれるとは・・・・」
ぶつぶつと小声で文句をいう守成を、三杉はひとにらみで黙らせる。
「ケーコちゃん」
それからクルリと振り向いて蛍子をみる。
「だって、暑いんだもん」
蛍子が三杉に怒られることを察知して、甘えてみせる。
「暑いのは当たり前です。9月に入ったとはいえ、湿気も多いし」
と、三杉はにべもない。
蛍子は顔をしかめ「我慢できなかったの」と呟く。
三杉は肩の力を抜き、ふぅと息を付くと、「エアコンを入れたらいいでしょ」という。
「文化祭が終るまででしょ。エアコンの使用期間」
規則を破ったら、三杉に叱られると思っていたらしい。
「そうだけど。会長がウチワで仰いでいて、仕事がはかどらない方が困るわ」
三杉のお許しを貰った蛍子が嬉々として、エアコンを付けにいく。
「まったく、ただでさえ忙しいのにこれ以上仕事を溜めないでください。本当なら今頃、引継ぎの準備に入らなくちゃいけないんですからね」
生徒会の次期会長を選出しなくてはいけない時期がきていることを、三杉が指摘する。
「まあまあ、」
ウチワ片手に守成がそんな三杉を宥める。
惰性で仰ぎ続ける守成に、蛍子がシッシッと手を振り「もういい」と断る。
犬を追い払うような仕草に、吉野は注意しようとしたが、守成本人が気にしていないようなのでそのままにした。
「エアコンの方が涼しい」
などと、罰当たりなことを言っている蛍子をみても、守成は涼しい顔で笑っている。
(会長って、ケイに甘いわよね)
いまさらながら、そんなことを考える。
蛍子が図に乗る原因を垣間見た気がした。
もっとも三杉といい、大石も結局は蛍子に甘いのだから、守成だけが悪いわけではないのだが。
そういう自分も蛍子に甘いことを、吉野自身は自覚していない。
「そういえば、何の話だったの。福田先生」
蛍子が大石の買ってきたお煎餅を頬張りながら、三杉に尋ねる。
「ああ、そのこと」
三杉は声をひそめると「実は大変なのよ」と、囁いた。
「大変って、何が」
蛍子が身を乗りだして訊く。
「さっき、福田先生に呼ばれて、生徒指導室に行ってきたの」
まず三杉が吉野に説明する。
それで二人だけだったのか、と納得する吉野に、三杉は笑って、
「会長も呼ばれてたんだけど、ここにケーコちゃん一人にするわけにもいかないし。それに、仕事が溜まっていたから」
と、守成りにらみつける。
「悪かったよ」と、頭を下げる守成に溜飲を下げたのか、三杉はあっさりと続きを教えてくれた。
「あのね、この話はまだ一部の先生方しか知らない内容なんだけど」
という前置きから始まった話はとんでもなかった。

「答案用紙が盗まれた!?」
蛍子が素っ頓狂な声をだす。
「正確にはテスト用紙ね」
テスト問題の載った。と、三杉が冷静に訂正する。
「そんなのどっちでもいいわよ。盗まれたってどういうことよ。ウチはセキュリティ完璧でしょ」
蛍子が焦れて、三杉に詰め寄る。
「もちろん、そうよ。だからこそ先生方もテスト問題の保管がずさんになったんでしょうね」
三杉の話によると、テスト問題を作成していた教師が家に持ち帰らず、職員室の自分の机に入れたまま帰宅したところ、翌朝、鍵を――机の引出の、こじ開けられていたそうだ。
もちろんテスト問題は紛失していた。
「それじゃあ、」
「そう、テスト問題は盗まれていたっていうわけ」
三杉が手元の書類をまとめながら、蛍子をみる。
「ねぇ、それじゃあテストどうなるの」
蛍子が身を乗りだして三杉に訊いた。
「作り直すことになるでしょうね。当然」
三杉が腕組みをして応えた。
「そっか、やっぱりテストはあるのね」
「当たり前でしょ」
とんでもない蛍子の言葉に吉野が呆れて、ため息を付く。
「盗まれたのって、2年のテストなんでしょう」
「ええ、今度の学年テストよ。数学。恩田先生が作られたの」
「ふ~ん。恩田ね。確か三竹が作る番じゃなかった」
教師を呼び捨てにする蛍子を叱ろうとして三杉は思いなおした。
「そうだったんだけど。三竹先生は、急用でハワイに行かれて、それで恩田先生がテスト問題を作ることになったのよ」
「ハワイ!何それ。ずるーい」
三杉の言葉に、蛍子が即座に反応する。
「ハワイっていっても、遊びに行ったわけじゃないのよ。お母様が病気だとかで」
三竹先生のお母様はハワイに住んでいらっしゃるの。と、三杉が説明してやる。
「なんだ」
それは大変ね。と、あっさり蛍子は納得した。
吉野は内心ほっとする。蛍子は何を理由に騒ぎ出すか分からないからだ。
「まあ、大変な話には違いないけど、先生方がなんとかするでしょ。私たちには関係ないわ」
この時、三杉の「関係ない」という言葉に異議を挟む者はいなかった。
まさか、直接自分たちに関わってこようとは、誰も――もちろん、「タロット蛍子」も知らなかったのである。

◆水曜日◆ 1 へ続く)