小説

2日後、生徒会室でいつものように蛍子はお茶を飲んでいた。実に呑気に。
「ケイ、大変」
息せき切って飛び込んできたのは吉野だ。
「どうしたの」
蛍子が慌てて、ドアの傍らの吉野に尋ねる。
「それが・・・」
吉野は口籠もり、話すのをためらう。
蛍子はどう思うだろう。たったいま自分が訊いた噂を聞いて。
反応が怖いが、話さない訳にはいかないだろう。黙っていても、どうせ誰かの口から耳に入るに決まっている。その位どこもかしこもその噂で持ちきりだ。
意を決して、口を開く。
吉野にはその噂を聞けば蛍子が怒りだすのが分かっていたが。
吉野が話そうとしたその時、携帯が鳴りだした。
傍らを見回すと、蛍子の座っている会議机の上にのっている守成の携帯が鳴っている。守成が書類から顔を上げた。
蛍子はそれを手に持ち、立ち上がりかけ、ふと液晶を覗き込んだ。
そのまま、ピッと通話ボタンを押してしまう。
「ちょっ・・」
吉野が慌てて蛍子を止める。
電話の相手を気にして、声を低めている吉野の制止を無視し、蛍子は「はい」と、耳にあて話しだした。
「もしーもし。そ、私。えっ、今?生徒会室にいるけど」
焦る吉野を尻目に、蛍子は涼しい顔で親しげに話している。
三杉はとみると、落ち着いた顔でお茶を飲んでいた。
「いいんですか」
小声で尋ねる。
「勝手に電話に出ちゃって」
それとも、三杉は蛍子が話している相手を知っているのだろうか。
「いいえ、知らないわ」
三杉は吉野の無言の問いに応えると、「でも」と言った。
「ケーコちゃんが話している相手ということは平気な相手ということでしょ。大丈夫よ」
という。
守成と共通の知人でもいるのだろうか?
このメンバー以外に。
(まあ、確かにそうだろうけど。いくら知っている人でも他人の携帯にでるなんて)
三杉はさすがに蛍子の行動に慣れているのか平気な顔だ。
常識人の吉野としては分かっていても――蛍子の行動が非常識だと――いまだに戸惑ってしまう。
大石はとみると、素知らぬ顔でお茶を飲んでいるし、当の守成は涼しい顔で書類をめくっている。
(いい加減、馴れなくちゃ)
吉野が内心でため息を付いていると、
「うん、分かりました。かわりまーす」
明るい能天気な声で携帯に向かってそういうと、蛍子は「はい」と、今度こそ持ち主に向かって手渡した。
守成が受け取りながら眼で問い掛けると、
「鈴さん」
振り返ると、蛍子があっさりと応える。
(女性の名前?)
「はい、」
守成のよく通る声が応える。
「お電話かわりました。お久しぶりです、お元気ですか」
守成は携帯に出ると、今まで見ていた書類を片手に持ち、相手に挨拶しだした。
(知り合い?それも目上の人よ、ね)
吉野が守成の相手を推察する。大石には察しがついているようだ。
「ええ、おかげさまで。けいこもあの通り、元気ですよ」
守成は電話の相手に向かってそういうと、
「それで、今日は何か」
と、問い掛けた。
「はい。その件にについては今考慮中です。中々、適任者がいないもので、」
沈黙。相手の言葉が終ったのか、
「三杉とも検討中ですので、もう少し猶予をいただければ」
相手が何か云っている。
「それでお話はそれだけですか」
守成が先を促すと、相手は本題に入ったのか、随分長い沈黙が訪れた。
「分かりました。確約はできませんが、善処します」
「ええ、それでは」と、守成がどこかの政治家のようなことをいって電話を切る。
携帯を渡した後、興味を無くしたように、一人お茶を飲んでいた蛍子が、
「鈴さん、なんだって」
と訊いた。
「ああ、ちょっとした厄介ごとを頼まれた」
「厄介!?」
嫌そうに顔をしかめる蛍子に、「そう」と守成が頷く。
「断ればいいじゃない」
「そういう訳にもいかないだろ。普段、便宜を図ってもらっているんだから」
「まさか、・・・」
電話の相手って、三杉を見る。
「鈴さんというのは、ウチの理事長よ」
「理事長!」
吉野が驚いて、素っ頓狂な声を上げる。
「知り合いだって、知ってたでしょ」
あっさり言い放つ蛍子に、「それはそうだけど」と、吉野が口籠もる。
「それで、何の話?」
蛍子が話を元に戻すと、守成は少し言い淀んだ。
「何よ」
と、上目遣いに蛍子がにらみつけると、
「答案用紙が盗まれたのは知っているだろ」
意外なことを言い出す。
「知ってるけど、・・・・まさか」
蛍子が嫌そうに顔をしかめると、
「そのまさかなんだ」
守成は重々しく頷いた。
「犯人を捜せっていわれた」
守成の落ち着き払った声に、蛍子は机にバンッと手を付くと、
「どうして、断らないのよ!バカッ」
思いっきり、手加減なしで怒鳴った。
「バカはないだろ」
守成は相変わらず涼しい顔で、怒ってもいなそうだ。
「とにかく、私は知らないからね。犯人捜しなんて、めんどくさい」
蛍子は腕を組んで、ふんっと椅子に腰掛けると、横を向いた。
拗ねている。完璧に。
「大体、テストだって来週なのよ。月曜日すぐなんだからね」
「そう、だから急ぐ必要があるんだ」
守成の冷静な声音に蛍子も、
「どうして、急ぐ必要があるの。そりゃ犯人は捕まえなきゃいけないでしょうけど、どうせテスト用紙は作り直すんでしょう」
眉をしかめながらも、そんなふうに問い掛ける。
「ああ、だが恩田先生はお歳だ。テスト問題の作り直しが、月曜までに間に合うかどうか」
「そんなの他の先生にやらせればいいじゃない」
蛍子が守成に言い返すと、
「そういう訳にもいかない。他の先生方に頼むといっても、上野先生はバスケ部の顧問で、今度の大会の実行委員会を引き受けたとかでお忙しいし。矢元先生 は、奥さんがお産間近。菜那野先生は結婚式がもうすぐで準備に追われていらっしゃるし、他の学年の先生方に頼む訳にはいかないしね」
色々、出題範囲や他のクラスとの進み具合を考えてからじゃないと、問題は作れない。と付け足す。
「じゃあ、テストどうするの」
「かりに恩田先生が頑張ってくださって、テスト問題が間に合ったとしても、これは恩田先生に限らずだが、作ってすぐならどうしても同じような問題になってしまうだろう」
守成の言葉に、蛍子はキツイ顔をし、
「それじゃあ、犯人の思う壺じゃない」
声を荒げる。
「そうなるな。そうさせないためにも、犯人を見つけるのが最善の策というわけさ」
いつもと変わらず、声だけは冷静な守成の厳しい顔を見つめる。
「出来ればけいこにも、手伝ってもらいたいんだが」
守成は会長机の前の椅子に座ると、足を組み手を顎の下にクロスさせ蛍子をみた。

◆水曜日◆ 2 へ続く)

小説

人は見てはいけないものを見たときに、どうすればいいのだろう?
見たくないものを見たときに、視線を外してしまう人の気持ちが分かった気がする。
生徒会室に入った途端、目に入った光景に吉野はげんなりとした。
視線を外そうとして思いなおす。このままにしておくわけにもいかない。そのかわり、「ケイ」と声を掛けた。
「吉野」
振り返ったのは、美少女占い師にして、友人の「タロット蛍子」だ。
ひらひらと手を振ってくる。
その隣で優雅にウチワを操っているのは、この部屋の主にして生徒会長の守成だった。
「何やってるの」
あきれて問いただすが、蛍子は素知らぬ顔で、「何が」と聞き返した。
吉野は口を開こうとして思いなおし、「三杉さんは」と訊いた。
「多可ちゃんなら、生徒指導室」
思ったとおりの答えが返ってくる。
(やっぱり。三杉さんがいたら、いくら何でもこんなことにはなってないもの、ね)
生徒会室で会議机を間に挟んで二人は座っていた。それはいいのだ。それは。
だが、なぜか守成の手にはウチワが持たれ目の前の美少女にさっきから風が送られ続けている。
(いくらなんでも、生徒会長を扇風機代わりにするなんて)
吉野はコメントを差し控え「大石くんは」と訊いた。
いつも一緒にいる大石もなぜかいない。この部屋には、蛍子と守成の二人っきりだ。
せめて大石がいれば、蛍子を止めてくれたのだろうが・・・・。
「大石なら、コンビニ。おやつ買いに行ってる」
蛍子が腕を組み替えながら応える。頬杖をついた手にさらっと髪が零れる。
艶々のストレートヘアーが、まだ強い九月の陽射しに反射してとても綺麗だ。
確かに彼女に頼まれればウチワの一つも仰いでやろうという気になるのかもしれない。
「ただいま」
ちょうどその時、後ろから声が掛かった。
資料室の扉から入ってきたのは、三杉と大石だ。
「そこで一緒になったの。吉野ちゃん来てたの」
三杉が荷物で手が塞がっている大石のためにドアを開けてやりながら、吉野に声を掛けた。
「はい。たった今」
「そう」と頷いた三杉は、吉野の後ろにいる守成と蛍子を見て顔色を変えた。
「何してるんですか」
「なにって、」
「何が」
突然の三杉の剣幕に押され、二人して茫然と問い返す。
さっきまでの自分と同じ心中であろう三杉のことを思って、吉野はため息を付いた。
どうせ二人とも、分かってないのだ。きっと。
「どうして会長がウチワなんて、持っているんですか」
三杉が眉間の皺を揉みながらいう。
「ああ、これ」
守成は笑って、「けいこが暑いというからね」と、仰いでいたとあっさりという。
「会長~」
三杉は拳を握り締め、
「そんなことする暇があったら、仕事してください」
ウチワじゃなくて、ペンを持って下さい。ペンを。というと、キッと守成をにらみつけた。
守成が肩を竦めると、三杉は更に守成に詰め寄り、目の前で人差し指をたてると、
「大体、会長はケーコちゃんに甘すぎます。これ以上甘やかしてどうするんです」
と、キッパリと言い放った。
「三杉にいわれるとは・・・・」
ぶつぶつと小声で文句をいう守成を、三杉はひとにらみで黙らせる。
「ケーコちゃん」
それからクルリと振り向いて蛍子をみる。
「だって、暑いんだもん」
蛍子が三杉に怒られることを察知して、甘えてみせる。
「暑いのは当たり前です。9月に入ったとはいえ、湿気も多いし」
と、三杉はにべもない。
蛍子は顔をしかめ「我慢できなかったの」と呟く。
三杉は肩の力を抜き、ふぅと息を付くと、「エアコンを入れたらいいでしょ」という。
「文化祭が終るまででしょ。エアコンの使用期間」
規則を破ったら、三杉に叱られると思っていたらしい。
「そうだけど。会長がウチワで仰いでいて、仕事がはかどらない方が困るわ」
三杉のお許しを貰った蛍子が嬉々として、エアコンを付けにいく。
「まったく、ただでさえ忙しいのにこれ以上仕事を溜めないでください。本当なら今頃、引継ぎの準備に入らなくちゃいけないんですからね」
生徒会の次期会長を選出しなくてはいけない時期がきていることを、三杉が指摘する。
「まあまあ、」
ウチワ片手に守成がそんな三杉を宥める。
惰性で仰ぎ続ける守成に、蛍子がシッシッと手を振り「もういい」と断る。
犬を追い払うような仕草に、吉野は注意しようとしたが、守成本人が気にしていないようなのでそのままにした。
「エアコンの方が涼しい」
などと、罰当たりなことを言っている蛍子をみても、守成は涼しい顔で笑っている。
(会長って、ケイに甘いわよね)
いまさらながら、そんなことを考える。
蛍子が図に乗る原因を垣間見た気がした。
もっとも三杉といい、大石も結局は蛍子に甘いのだから、守成だけが悪いわけではないのだが。
そういう自分も蛍子に甘いことを、吉野自身は自覚していない。
「そういえば、何の話だったの。福田先生」
蛍子が大石の買ってきたお煎餅を頬張りながら、三杉に尋ねる。
「ああ、そのこと」
三杉は声をひそめると「実は大変なのよ」と、囁いた。
「大変って、何が」
蛍子が身を乗りだして訊く。
「さっき、福田先生に呼ばれて、生徒指導室に行ってきたの」
まず三杉が吉野に説明する。
それで二人だけだったのか、と納得する吉野に、三杉は笑って、
「会長も呼ばれてたんだけど、ここにケーコちゃん一人にするわけにもいかないし。それに、仕事が溜まっていたから」
と、守成りにらみつける。
「悪かったよ」と、頭を下げる守成に溜飲を下げたのか、三杉はあっさりと続きを教えてくれた。
「あのね、この話はまだ一部の先生方しか知らない内容なんだけど」
という前置きから始まった話はとんでもなかった。

「答案用紙が盗まれた!?」
蛍子が素っ頓狂な声をだす。
「正確にはテスト用紙ね」
テスト問題の載った。と、三杉が冷静に訂正する。
「そんなのどっちでもいいわよ。盗まれたってどういうことよ。ウチはセキュリティ完璧でしょ」
蛍子が焦れて、三杉に詰め寄る。
「もちろん、そうよ。だからこそ先生方もテスト問題の保管がずさんになったんでしょうね」
三杉の話によると、テスト問題を作成していた教師が家に持ち帰らず、職員室の自分の机に入れたまま帰宅したところ、翌朝、鍵を――机の引出の、こじ開けられていたそうだ。
もちろんテスト問題は紛失していた。
「それじゃあ、」
「そう、テスト問題は盗まれていたっていうわけ」
三杉が手元の書類をまとめながら、蛍子をみる。
「ねぇ、それじゃあテストどうなるの」
蛍子が身を乗りだして三杉に訊いた。
「作り直すことになるでしょうね。当然」
三杉が腕組みをして応えた。
「そっか、やっぱりテストはあるのね」
「当たり前でしょ」
とんでもない蛍子の言葉に吉野が呆れて、ため息を付く。
「盗まれたのって、2年のテストなんでしょう」
「ええ、今度の学年テストよ。数学。恩田先生が作られたの」
「ふ~ん。恩田ね。確か三竹が作る番じゃなかった」
教師を呼び捨てにする蛍子を叱ろうとして三杉は思いなおした。
「そうだったんだけど。三竹先生は、急用でハワイに行かれて、それで恩田先生がテスト問題を作ることになったのよ」
「ハワイ!何それ。ずるーい」
三杉の言葉に、蛍子が即座に反応する。
「ハワイっていっても、遊びに行ったわけじゃないのよ。お母様が病気だとかで」
三竹先生のお母様はハワイに住んでいらっしゃるの。と、三杉が説明してやる。
「なんだ」
それは大変ね。と、あっさり蛍子は納得した。
吉野は内心ほっとする。蛍子は何を理由に騒ぎ出すか分からないからだ。
「まあ、大変な話には違いないけど、先生方がなんとかするでしょ。私たちには関係ないわ」
この時、三杉の「関係ない」という言葉に異議を挟む者はいなかった。
まさか、直接自分たちに関わってこようとは、誰も――もちろん、「タロット蛍子」も知らなかったのである。

◆水曜日◆ 1 へ続く)

イベント参加

ご無沙汰していてすみません、ささきです;;
別ジャンルで夏のイベント参加をしていたので、原稿に追われていました。
しかし、夏も終わった…満喫したさー。今年はややハードに。
この土日は急に予定がなくなったので、のんびり回復に努めておりましたです。

さて。10月19日の関西コミティアに申込しました。
締め切りの消印、1日過ぎてしまいました…すみません;
速報を見ると、今回も募集スペースを上回る申込のようで、会場スペースの関係上やむを得ない場合は抽選もれも有りとか。
おおおお、嬉しいような、恐いような(締め切り過ぎて応募してる身としては…)
創作サークルさん、増えてきてるのかなぁ。

という事で、スペースが取れていれば、この日は私のお友達の小説本を委託する予定です。
詳細は決定次第、こちらでもお知らせできればと思います。
そしてうちからも2人誌新刊が発行される予定…いや、例によってありあさんの原稿はほぼ上がっているんですが…私がこれからっちゅうか…へへ;
そんな感じで、頑張ります。

あとー。
こちらに掲載中の小説ですが、ブログの仕様の関係でつまづいて続きがアップできていません…ぎゃぁ;
方法を変えて、再度一回目からアップさせていただこうと思っていますので、既存ページは一度削除させていただきます。
続きを楽しみにしてくださってる方から、ありがたくもお声をいただいてますので、なるべく早く最後まで掲載させていただきますー。